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善福寺
室町時代に創建された寺。幕末の志士や著名な絵師の墓が残る
指月山善福寺は永享年間(1429~40)に指月山麓に創建された臨済宗の寺院で、毛利輝元の萩城築城のため、この地に移されました。天文19年(1550)大内義隆が寺領を保証した文書は「萩」の地名が書かれた最古の資料といわれています。竿の部分に人の形をした像が彫られ…
- 萩・長門エリア

常徳寺庭園
庭園は常徳寺境内の東側にあり、室町時代後期ごろに築かれた池や水を観賞する庭園です。庭につくった小川、滝に似せた石組み、池の中島などがよい状態で残っています。
- 山口・防府エリア

玉木文之進旧宅
【全体概要】松陰の叔父で、松下村塾を創めました。松陰の師にあたり、乃木希典はこの家から明倫館に通いました。【その他】●周辺観光施設●松陰神社、松下村塾、伊藤博文別邸、伊藤博文旧宅、東光寺など
- 萩・長門エリア

円龍寺

北灯台
山口県最北端の地
見島の最北端の岬である長尾ノ鼻に立っている灯台で、見島の北の航海の安全のため、昭和38年1月15日に点灯を開始しました。この灯台は、水平線からの日の出と日の入りの両方を見ることができる全国的にも珍しい場所となっています。灯台の南の神畑には、日露戦争…
- 萩・長門エリア

北方八幡宮
もとは東岐波に宇佐八幡宮の祭神を勧請したことにはじまり、1255年(鎌倉時代)これを南北に分神させた際に、北方を当地に神殿が移されました。左右に突き出た部分をもつ優美な屋根が特徴の楼門は、大内時代の建築様式を残す県内でも珍しいものです。毎年9月敬老の日…
- 山口・防府エリア

白鳥古墳 付陪塚及び周濠
県内最大規模の前方後円墳
白鳥古墳は、古墳時代中期の前方後円墳。規模は、全長120m、後円部の 径64m、高さ 11m、前方部の径60m、高さ8.5mで、山口・広島地域で最大といわれています。この古墳がある丘の東側の部分には、幅20.8m、深さ2.1mの周濠(周りのからぼり)があり、この周壕を含む…
- 岩国・柳井・周南エリア

木戸孝允別邸跡
【施設概要】木戸孝允は萩城下の出身です。幕末の頃は桂小五郎の名で知られ、尊攘、討幕運動に奔走しました。 維新後は明治政府の参議となり、版籍奉還、廃藩置県などを推進し、明治4年には岩倉欧米使節団に加わり外遊。明治10年5月26日、西南戦争のさ中に京都…
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大陽寺
【全体概要】貞享3年5月(1347)に曹洞宗水上山「大陽寺」として開基、安永年間(1771~1781)に再建、現在に至ります。「大陽寺の七不思議」(下記)、「雷の恩返し」の伝説がある寺です。(1)どんなひでりでも雷の水は絶えることがない。(2)山内では、きじや…
- 岩国・柳井・周南エリア

郡司鋳造所遺構広場
【全体概要】萩藩の代表的な鋳物師であった松本郡司家の鋳造工房の遺構を移築整備した広場です。なかでも、西洋式の青銅大砲を鋳造し、一番深いところで4.5mある巨大な石組み大砲鋳造遺構は日本でも唯一のものです。
- 萩・長門エリア

萩藩新地会所跡

瓶垣
丈夫な硫酸瓶を人々の知恵が活かす
【全体概要】小野田地区の粘土が硫酸を入れる容器に適していたため、市内で大量に硫酸瓶が作られ製陶業が栄えました。その硫酸瓶を積み上げて作られたのが瓶垣です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

にちはら天文台
星に近い天文台で願いを託そう
ハレー彗星が地球に接近した1985年に全国初の公開天文台として建てられた施設。「すばる」と同じ形式の75cm望遠鏡では教科書にでているような星々を見ることができます。併設の「星と森の科学館」では、地球の大気と太陽系の惑星について学習できるほか、石見地方にま…
- 山口・防府エリア

霧峰神社

多胡家老門
亀井氏11代にわたって手腕をふるった家老、多胡家の屋敷門。どっしりとした造りは、現在でも威風堂々たるものです。殿町には多胡家、大岡家、牧家の三家老の門が並んでいます。島根県の文化財に指定されています。
- 山口・防府エリア

乙女峠 マリア聖堂
キリシタン殉教の悲話を伝える、聖母マリアが降臨の聖地
キリスト教が厳禁だった明治初期に長崎浦上から多くの隠れキリシタンが流人として送られ、殉教した信者は37人にも及びました。マリア聖堂は、殉教者を追悼するため昭和26年に建立され、聖堂内のステンドグラスには殉教物語が描かれています。また、聖母マリアが降臨さ…
- 山口・防府エリア

井上馨の墓
長州ファイブの1人 井上馨
井上は長州藩士井上家の次男として天保6年(1835)に湯田で生まれ、大正4年(1915)東京で亡くなりました。のちに分霊が洞春寺に祀られました。洞春寺は、永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在…
- 山口・防府エリア

吉田松陰東送の碑
【全体概要】安政6年(1859)5月25日午前9時ごろ、江戸幕府により東送を命ぜられた吉田松陰は、唐丸籠に乗り、食事ができる程度にゆるく手を縛られ、小雨の中萩を後にしました。途中、小休止をとった萩往還沿いの夏木原で、日本の現状を憂い、行く末を案じて詠んだ詩が…
- 萩・長門エリア

椿八幡宮
椿八幡宮は鎌倉時代に由緒を持つ古い社で、江戸時代には萩四社の一社として知られ、「八江萩名所図画」にも描かれています。秋には、境内のイチョウが見事に色づきます。[第9代宮司 青山上総介について]文久2年(1862)10月、京都の粟田山で吉田松陰の最初の神道式…
- 萩・長門エリア

仁馬山古墳
仁馬山古墳は、全長74mの前方後円墳です。後円部は直径46m、3段築成で、ほぼ原形を保っています。下関市街の北方、響灘に注ぐ綾羅木川右岸の台地上にあり、台地の南縁に沿って前方部を西に向けた長門地方最大の前方後円墳です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア








