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桂太郎旧宅
内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…
現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…
- 萩・長門エリア

山﨑八幡宮
秋季例大祭 本山神事では多くの人で賑わう
和銅2年(709年)の期限と伝えられている由緒ある神社。毎年9月第4土・日曜の秋季例大祭で行われる、豊作を祈願して山車を坂から突き落とす「本山神事」(ほんやましんじ)が有名で、期間中には夜店が並び、多くの人で賑わいます。境内では、手水鉢(ちょうずばち)の…
- 岩国・柳井・周南エリア

香川家長屋門
岩国藩の家老であった香川家の住宅の表門で、1693年に香川正恒が建立。瓦に1個づつ家紋が刻してある長屋門の他に、通用門、平時門などがあり、身分、用件によって使いわけられていました。
- 岩国・柳井・周南エリア

豊功神社

了円寺

口羽家住宅

乗福寺
乗福寺は臨済宗の古寺で、大内氏22代重弘が開いたお寺です。元応2年(1320)3月6日重弘が死亡したため、本寺に葬り菩提寺となりました。寺運の盛んな時は、塔頭36字、末寺88箇所あったといわれますが、大内氏滅亡とともに衰廃しました。今の寺は塔頭の正寿院を転じ…
- 山口・防府エリア

山頭火の小径
【全体概要】防府の生んだ漂泊の俳人・種田山頭火が生家から小学校まで通った道は、「山頭火の小径」として残っており、小径沿いの民家の塀や壁には、故郷を詠んだ山頭火の句が多数掛けられています。また、市内には、70数基の句碑があり、防府駅前には銅像が立ってい…
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萩焼古窯跡群
【全体概要】江戸時代初期、萩藩主である毛利家は、文禄・慶長の役(1592~98)で連れ帰った朝鮮人陶工に命じて松本村中の倉(現萩市椿東)に御用窯を開きました。御用窯はそののち大津郡深川村三ノ瀬(そうのせ・現長門市湯本)にも分かれたため、それぞれの窯品を「松…
- 萩・長門エリア

徳山毛利陣屋跡
【全体概要】毛利輝元の次男・就隆は、元和3年(1617)に都濃郡・熊毛郡内の三万石余りを領地として分け与えられ、慶安3年(1650)下松から交通の便に恵まれた野上村に館を移し、地名を「徳山」と改めました。その後、藩の改易・再興を経て、明治4年(1871)に山口…
- 岩国・柳井・周南エリア

上関砲台跡(室津日和山、長島東山)
吉田松陰も訪れた、上関海峡の両端に備えられた江戸末期の砲台
江戸末期、毛利藩は外敵からの防衛の為に要所に砲台を築造。上関海峡の両端(室津日和山、長島瀬戸東山)の丘にも砲台が築かれ大砲が備え付けられました。嘉永6年(1853)2月に吉田松陰が江戸へ行く途中、室津の日和山の砲台場を見学しました。慶応二年(1866年)四境…
- 岩国・柳井・周南エリア

錦雲閣

永興寺
吉川家、大内氏ゆかりの寺です。臨済宗「永興寺」 (ようこうじ) は鎌倉時代末期の1309年(延慶2年)に大内弘之が創建し、横山一帯 (現在の岩国市横山1丁目、2丁目あたり) に壮大な敷地を有したと伝えられています。しかし1600年 (慶長5年) に岩国に移封された吉川広家…
- 岩国・柳井・周南エリア

瓶垣
丈夫な硫酸瓶を人々の知恵が活かす
【全体概要】小野田地区の粘土が硫酸を入れる容器に適していたため、市内で大量に硫酸瓶が作られ製陶業が栄えました。その硫酸瓶を積み上げて作られたのが瓶垣です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

秋芳洞『光響FANTASY』初詣と美祢市をめぐる旅!!
■ 行程表9:30湯田温泉・中原中也記念館駐車場(発) 9:45~10:30瑠璃光寺(初詣)11:10〜11:40別府弁天池(日本名水100選)11:50〜12:30道の駅おふく(お買物)12:50〜13:55安富屋(昼・お買物)14:00秋芳洞(光響FANTASY)15:05秋吉台16:20頃湯田温泉16:40頃新…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

古熊神社
応安6年(1373)に大内弘世が京都の北野天神から神霊を迎え、山口の北野小路に創建したものです。その後元和4年(1618)に、毛利秀就が現在地に移したと伝えられています。創建当初からの御社殿は、室町時代建築の特徴をよく残すものとして大変著名であり、国の重要…
- 山口・防府エリア

高杉晋作療養の地
高杉晋作は小倉戦争で、長州軍を指揮して幕府軍と戦いましたが、この戦いで持病の結核が悪化し、桜山神社の近くに小さな家を建てて、野村望東尼(のむらもとに)、愛人おうのの看病による療養生活を送りました。*写真の「高杉東行」の「東行」とは、晋作の号のことで…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

楫取素彦夫妻の墓
萩藩出身で初代群馬県令などを務めたほか、坂本龍馬の長州への入国に貢献したことでも知られる楫取素彦とその妻美和子(=久坂文、吉田松陰の実妹)の墓です。また、楫取素彦の生涯と功績を紹介する顕彰標も建立されています。
- 山口・防府エリア

大村益次郎生誕宅跡

見島ジーコンボ古墳群
国境警備の武人の墓所・国指定史跡
萩市見島の東南部海岸一帯の小石の海浜に、比較的大きい玄武岩を用いて造られた 200基近い積石塚の密集した群集墳。7世紀後半から10世紀初頭にかけて造られたと推定され、新羅(しらぎ)の侵入に備えて見島に駐留していた武人の墓といわれています。ジーコンボとは、…
- 萩・長門エリア








