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萩焼深川古窯跡群
慶長5年(1600)の毛利輝元の萩移封に伴い、朝鮮の陶工 李勺光(りしゃっこう)の一統も安芸広島から萩に移住し、松本中ノ倉(現 萩市椿東)に窯を構築しました。萩焼は、輝元によりひらかれたこの藩窯「窯薪山御用焼物所」(かままきやまごようやきものしょ)(松本焼…
- 萩・長門エリア

向岸寺(鯨位牌・鯨鯢過去帳)
鯨漁の記録を残す寺として、鯨の位牌と子鯨の過去帖があり、鯨墓とともに捕獲した鯨の霊をなぐさめています。鯨位牌は全高77.5㎝、幅22.4㎝基壇部の奥行き15.2㎝で、鯨児一頭ごとに戒名を贈っています。鯨鯢過去帳は長さ671.7㎝の34折の折帖で、1804~1837年に捕獲さ…
- 萩・長門エリア

柳井市町並み資料館
建物は明治40年に建てられたものをそのまま利用しており、石造りのレトロな外観は、当時の銀行独特の重厚な姿を今に伝えます。1階は町並みの模型を展示するほか、観光案内所が設置され、2階は名誉市民で、歌謡界に足跡を残した、松島詩子記念館として整備されていま…
- 岩国・柳井・周南エリア

旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)
廻船業の歴史や阿知須地域の民俗資料が見れる
江戸時代中期から明治初期に廻船業の港町として栄えた阿知須浦地区は、火事から家を守るため居蔵造の家屋が建てられ、現在でもその面影を残した白壁の街並みが残っています。いぐらの館は、明治17年に建てられた居蔵造の中川邸を改修したもので、館内には廻船業の歴史…
- 山口・防府エリア

芦樵寺
由緒あるお寺の美しい日本庭園を目の前に坐禅体験
防府天満宮の近くにある芦樵寺(ろしょうじ)は、室町時代に建立された由緒あるお寺。境内にある美しい日本庭園を目の前に、本格的な坐禅を体験できます。(事前予約が必要)
- 山口・防府エリア

種田山頭火生家跡

了円寺

三好写真館跡

早川家住宅
長門の通浦は日本海岸にある青海島の漁港で、江戸時代には捕鯨が盛んでした。早川家はこの地の網頭をつとめた家柄で、住宅は海岸線に沿ったせまい道路に東面して建ち、背後は浜に続いています。この屋敷地は、もと廻船業を営んでいた黒川氏のもので、後に早川氏が買い…
- 萩・長門エリア

乗福寺
乗福寺は臨済宗の古寺で、大内氏22代重弘が開いたお寺です。元応2年(1320)3月6日重弘が死亡したため、本寺に葬り菩提寺となりました。寺運の盛んな時は、塔頭36字、末寺88箇所あったといわれますが、大内氏滅亡とともに衰廃しました。今の寺は塔頭の正寿院を転じ…
- 山口・防府エリア

萩キリシタン殉教者記念公園
【全体概要】萩城の石垣築造に際して、五郎太石(石垣の間に詰める石)が盗まれるいう紛争が益田元祥と熊谷元直、天野元信の間で始まり、石垣築造工事が2ヶ月以上も遅延し、毛利輝元は非は熊谷、天野両氏にありとして、一族11人を討ち滅ぼしました。これを五郎太石事…
- 萩・長門エリア

寺島忠三郎関連史跡
寺嶋忠三郎は、天保14年(1843)近習寺嶋太治郎の二男として生まれました。16才で松下村塾に入り吉田松陰の弟子となり、尊王攘夷運動に尽くしましたが、禁門の変に際して久坂玄瑞とともに自刃しました。顕彰碑と辞世の碑が建てられています。
- 岩国・柳井・周南エリア

前原一誠旧宅跡
【全体概要】明治9年10月26日に起きた萩の乱の中心人物、前原一誠の旧宅跡が山陽小野田市旦西の台地、登り窯の近くにあります。2度にわたる改築で家の様相は変わっていますが、当時からの古井戸、屋敷神、カキの古木など、往時の面影を感じることができるものと…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

塚の川古墳
【全体概要】6世紀末に築かれた円墳で,この地方を掌握した豪族とその家族の墓と考えられる。墳丘の直径は15m,周濠を含めると古墳全体の直径は27mあり,県内でも大型の円墳の一つといえる。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

多胡家老門
亀井氏11代にわたって手腕をふるった家老、多胡家の屋敷門。どっしりとした造りは、現在でも威風堂々たるものです。殿町には多胡家、大岡家、牧家の三家老の門が並んでいます。島根県の文化財に指定されています。
- 山口・防府エリア

富永有隣の碑
維新の動乱期、数々の功績を残しながら自身の来歴を語ろうとせず、また、同志や門弟達が新政府の要職に就き脚光を浴びている時も、ひとり裏街道を歩き、隠遁と苦難の生活にあまんじた人物が富永有隣です。明治17年から生涯を閉じるまで、この場所で後進の指導にあた…
- 岩国・柳井・周南エリア

入江九一・野村靖誕生地
入江九一・・・萩藩士。称は杉蔵など。明治政府の政治家となる野村靖(和作)は実弟。松下村塾で学び、吉田松陰に深く傾倒した。文久3年(1863)2月、京都に上ったが、3月、攘夷派公卿中山忠光の脱走に従い帰国した。同年6月には高杉晋作を補佐して、奇兵隊を結成する…
- 萩・長門エリア

大村神社
幕末の兵学者で明治維新の功労者・大村益次郎を祀る神社
幕末の兵学者で明治維新の隠れた功労者・大村益次郎を祀る神社で、長沢池の北、鋳銭司郷土館の隣に位置しています。もとの社は、北へ約500mの山中にある墓のそばにあったが、昭和21年に現在の地へ移されました。境内からは長沢池の全景が望めます。
- 山口・防府エリア

住吉神社の石造燈台
海上交通の安全を見守る「萩往還」関連史跡
萩藩の水軍の本拠地である御舟倉へ続く入川(いりかわ)の河口に、海上交通の安全を祈願するために、ささやかな祠が建てられ住吉大明神が祭られていたが、水軍の船頭らの願い出で、正徳(しょうとく)5年(1715)、住吉神社が創建されました。石造燈台は、その境内地に…
- 山口・防府エリア

常関寺
寛永5年(1628)、領主山内広通により建立。幕末期、奇兵隊の病院が置かれたところで、隊士8名の墓があります。本堂の背後に釈迦如来を中心に左右に文殊・普腎の二菩薩があり、そのまわりに表情豊かな16羅漢像が並んでいます。
- 下関・秋吉台・宇部エリア








