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〜萩藩主ゆかりの「英雲荘」で歴史に浸る〜特別昼食『お殿様・…
江戸時代、萩藩主が休泊所として利用した公館「英雲荘」。江戸から大正へと続く歴史の面影を色濃く残すこの国指定史跡を拝観し、優雅な昼食のひとときを過ごす特別なプランです。最大の魅力は、通常は飲食が制限されている歴史的空間で、特別にお食事ができること。か…
- 山口・防府エリア

土蔵相模跡
【施設概要】JR品川駅南側、線路と交わる八ツ山橋を渡ると、国道第一京浜の東側に平行する狭い街筋があります。ここが江戸時代、東海道で日本橋につぐ第一番目の宿場として旅籠百軒という繁栄をきわめた品川宿の跡です。 中でも酒楼相模屋は高級妓楼として知られ、…
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英雲荘で檜皮葺コースター・アートフレーム作り体験 ~英雲荘…
英雲荘や山口市・五重塔の屋根に使われている<檜皮葺の屋根葺き>を英雲荘で疑似体験します。檜皮葺と同じピッチで7段ほど檜皮を貼り付けます。コースターにするため、皮の厚みを考慮し高さ調節します。皮の表裏の色の違いを生かしたパターンにするなど、個人の好み…
- 山口・防府エリア

寺島忠三郎関連史跡
寺嶋忠三郎は、天保14年(1843)近習寺嶋太治郎の二男として生まれました。16才で松下村塾に入り吉田松陰の弟子となり、尊王攘夷運動に尽くしましたが、禁門の変に際して久坂玄瑞とともに自刃しました。顕彰碑と辞世の碑が建てられています。
- 岩国・柳井・周南エリア

赤禰武人処刑場の碑

萩焼深川古窯跡群
慶長5年(1600)の毛利輝元の萩移封に伴い、朝鮮の陶工 李勺光(りしゃっこう)の一統も安芸広島から萩に移住し、松本中ノ倉(現 萩市椿東)に窯を構築しました。萩焼は、輝元によりひらかれたこの藩窯「窯薪山御用焼物所」(かままきやまごようやきものしょ)(松本焼…
- 萩・長門エリア

久賀の石風呂
久賀の石風呂は、西日本最古の石積式蒸風呂で、構造は、地元の花崗岩石を積み上げて石室を築き、内部は粘土で厚く塗り、土間はたたき固めになっています。石室の大きさは、幅 5.4m、奥行4.6m、高さ2.5m、一度に17人入れるこの地方では最大規模のものとして知られ、…
- 岩国・柳井・周南エリア

サビエル公園
サビエル布教地として記念碑とビリヨン神父の銅像がある。サビエル公園は山口市金古曽町に存在した大道寺跡地とされる場所に作られた公園で、サビエル記念碑も建てられています。 大道寺は大内義隆がサビエルに与え、布教の拠点となったでした。その後、サビエルは仲…
- 山口・防府エリア

徳山毛利陣屋跡
【全体概要】毛利輝元の次男・就隆は、元和3年(1617)に都濃郡・熊毛郡内の三万石余りを領地として分け与えられ、慶安3年(1650)下松から交通の便に恵まれた野上村に館を移し、地名を「徳山」と改めました。その後、藩の改易・再興を経て、明治4年(1871)に山口…
- 岩国・柳井・周南エリア

奥阿武宰判勘場跡
【全体概要】勘場跡は、貞享4年(1687年)から明治11年の初めまでの200年間、奥阿武宰判の代官所として、むつみ村、阿東町、須佐町、田万川町、阿武町(奈古を除く)を統括し、政治・文化の中心地でした。現在は、敷地及び周辺の石組みが残っています。
- 萩・長門エリア

岸見の石風呂
岸見の石風呂は、東大寺再建の用材を切り出した時の遺跡で、人夫の保養のため重源上人によって作られたものです。地元の花崗岩石を積み上げた幅4.4m、奥行3.6m、高さ1.8mの石室からなり、土間には石が敷きつめられており、石室は木造茅葺きの覆屋により保護されて…
- 山口・防府エリア

旧小野田セメント製造株式会社竪窯
日本に完存する唯一のセメント焼成用竪窯
【全体概要】旧小野田セメント製造株式会社竪窯は、わが国最初のセメント焼成窯です。高さ9.6メートル、煉瓦を積み上げて作った竪窯で徳利の形に似ていることから、徳利窯(とっくりがま)と呼ばれています。国重要文化財。(平成16年12月10日指定)
- 下関・秋吉台・宇部エリア

赤崎神社 楽桟敷・楽踊
赤崎山の北東斜面にある自然にできたすり鉢状の地形を巧みに利用した野外劇場。谷底の踊庭(おどりにわ)で奉納される「楽踊」「南条踊」「芝居」などを観覧する場として整備されました。階段状の桟敷は「高桟敷」と呼ばれ、一段の石積みの高さは90~170㎝。踊庭は「…
- 萩・長門エリア

明倫館遺構聖賢堂
聖賢堂は藩校明倫館の聖廟前、観徳門の左右にあった東塾・西塾の遺構である。 明倫館廃校の後、両塾を合わせて1棟とし、市内東田町の阿呼社境内に移築されていたが、大正7年(1918)に再び元の地の明倫館跡へ移された。 建物は切妻造り、起こり屋根桟瓦葺き…
- 萩・長門エリア

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

錦の御旗製作所跡
慶応3年(1867)討幕の勅命が下り、品川弥二郎は京都西陣で材料を購入し、ここにあった養蚕所の一室で御旗の製作にあたりました。ここで製作された錦の御旗が、鳥羽伏見の戦において官軍の陣頭に立てられました。
- 山口・防府エリア

金麗社
祭神は菅原道真、旧称天満宮。1865年、藩政府軍と諸隊が大田・絵堂で戦った際に、諸隊の本陣が置かれたところです。境内には、その時の戦利品や多くの石碑があります。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

吉田松陰防長路惜別の地
吉田松陰の歌碑が建っています。安政の大獄で、幕府の召喚をうけた吉田松陰が籠で護送される途中、広島県との境である小瀬川に差し掛かかった際、防長二州と最後の別れを覚悟して惜別の歌を詠みました。現在、小瀬川にはこの歌を刻んだ吉田松陰歌碑が建てられています…
- 岩国・柳井・周南エリア

明治維新百年記念公園

周布政之助の碑
【全体概要】周布は藩政の主導権を幕府の考え方に従おうとする俗論等に奪われた責任を取り、自刃しました。その場所の近くに功績を伝える碑が建っています。
- 山口・防府エリア








