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長門鋳銭所跡

長門鋳銭所跡は、覚苑寺境内一帯と考えられ、奈良・平安時代に銭貨の鋳造を行った所です。長門国衙に付設され、その開設は和同年間(708~715)で、史跡地内からは、708年(和銅1)から鋳造が開始された貨幣である和同開珎1枚と、それを作ったときの型、るつぼや鞴口な…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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長門鋳銭所跡

皇典講究所跡

【施設概要】皇典講究所は、明治15年に当時の麹町区飯田町(現在の千代田区飯田橋)に設立されました。 その後、明治22年に山田顕義を筆頭発起人として日本法律学校が開設され、また山田はさらに明治23年には皇典講究所の事業を拡張し、日本文化を研究するため…

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皇典講究所跡

旧新橋停車場

【施設概要】イギリスで鉱山と鉄道の技術を研究して帰国した井上勝は、日本にも鉄道敷設の必要性を強く感じ、その実現を夢見ました。 その夢の第一歩として、汐留の一角に鉄道建設のための最初の杭が打ち込まれ、1872年(明治5年)に新橋~横浜間に日本最初の鉄道が…

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旧新橋停車場

毛利元就公歯廟

2基の宝篋印塔。毛利元政が、父元就の33回忌に元就の歯をお墓に納めたものです。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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毛利元就公歯廟

四境の役大島口戦跡碑

この戦いに破れた幕府軍は、翌年大政を奉還しました。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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四境の役大島口戦跡碑

室積台場跡

江戸時代末、四国艦隊の報復攻撃に備え沿岸に砲台場を築いたもの。当時の長州藩は男手が不足し、後に残った婦女子が中心になってこれを築きました。このことから、通称「女台場」といわれています。市指定史跡となっています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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室積台場跡

唐樋札場跡(萩往還)

萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。

  • 萩・長門エリア
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唐樋札場跡(萩往還)

勝栄寺土塁及び旧境内

【全体概要】南北朝時代に陶弘政が創建した時宗寺院。南北朝時代の時宗寺院は、政治的、軍事的な性格を持ち、寺院でありながら城郭の機能を果たす例が多く、この時期に土累と環濠が設けられたと考えられています。県下における中世寺院城郭の唯一の例として貴重なもの…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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勝栄寺土塁及び旧境内

御山神社経塚

御山神社経塚は阿武町惣郷にある経塚。築造は12世紀ごろと推定されています。経塚は、永く後世に伝えるため経典を経筒などに入れて地中に納め、塚を築いたもので、この経塚は、御山神社社務所横の土中より発見されました。

  • 萩・長門エリア
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御山神社経塚

大内氏遺跡附凌雲寺跡

吉敷中尾の高台に高さ3m、厚さ2mの石垣があり、凌雲寺総門の遺構といわれています。大内氏30代当主義興の墓があります。

  • 山口・防府エリア
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大内氏遺跡附凌雲寺跡

悴坂一里塚

【全体概要】萩唐樋の札場から最初の一里の地点に所在。

  • 萩・長門エリア
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悴坂一里塚

住吉神社の石造燈台

海上交通の安全を見守る「萩往還」関連史跡

萩藩の水軍の本拠地である御舟倉へ続く入川(いりかわ)の河口に、海上交通の安全を祈願するために、ささやかな祠が建てられ住吉大明神が祭られていたが、水軍の船頭らの願い出で、正徳(しょうとく)5年(1715)、住吉神社が創建されました。石造燈台は、その境内地に…

  • 山口・防府エリア
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住吉神社の石造燈台

萩焼古窯跡群

【全体概要】江戸時代初期、萩藩主である毛利家は、文禄・慶長の役(1592~98)で連れ帰った朝鮮人陶工に命じて松本村中の倉(現萩市椿東)に御用窯を開きました。御用窯はそののち大津郡深川村三ノ瀬(そうのせ・現長門市湯本)にも分かれたため、それぞれの窯品を「松…

  • 萩・長門エリア
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萩焼古窯跡群

立石孫一郎の碑

第二奇兵隊幹部の立石孫一郎は、倒幕を急ぐあまり仲間を引き連れて隊を脱走し、倉敷代官所などを襲撃しました。その後、幕軍に追われることとなり、慶応2年(1866年)藩命に背いたとされ千歳橋の橋上で暗殺されました。その場所の近くに、石碑と小さな祠が建てら…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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立石孫一郎の碑

野谷の石風呂

1186年(文治2)ころ、俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が東大寺を建て直すための役割を担い、佐波郡の山中から多くの建築用材を奈良に送る仕事をしました。野谷の石風呂は、作業をする人たちの病気治療のために重源がつくった施設の一つです。石風呂は石を…

  • 山口・防府エリア
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野谷の石風呂

やげん谷一里塚

【全体概要】江戸時代、街道沿いに造られた一里塚の一つ。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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やげん谷一里塚

難攻不落の七尾城跡めぐり

中世益田の栄華を築いた益田氏の要塞をたどる

日本遺産ガイドと一緒に城下町を散策した後、難攻不落の七尾城跡を散策します。中世の益田氏の歴史を探訪するほか、七尾城の防衛についても実際に監事ながら、大自然の山城歩きを楽しめます。

  • 萩・長門エリア
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難攻不落の七尾城跡めぐり

脱隊諸士招魂の碑

脱退諸士を慰霊する招魂碑

1869(明治2)年、藩政府は奇兵隊を含む諸隊を再編する兵制改革を行いました。これを不服とした約2千人の隊士が内乱を起こし、鎮圧され、首謀者らはこの地で処刑斬首されました。その霊を弔うため招魂碑が建てられました。 

  • 山口・防府エリア
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脱隊諸士招魂の碑

呼坂宿駅本陣跡

関戸(岩国)、玖珂、椙杜、今市に次ぐ近世山陽道の宿駅です。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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呼坂宿駅本陣跡

津和野藩藩邸跡

旧藩主亀井氏の邸宅跡。建物のあった部分は高校に、庭園部分が嘉楽園として公開されています。

  • 山口・防府エリア
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津和野藩藩邸跡
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