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普門寺塾跡

大村益次郎は普門寺の観音堂で学生たちに兵学をおしえていました。当時、この塾は普門寺塾と呼ばれていました。

  • 山口・防府エリア
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普門寺塾跡

快友寺(明版一切経)

快友寺は、長府藩の重臣桂広繁の所領(菊川町吉賀)にあった邸宅に没後建てられた寺で、桂家の菩提寺です。境内にある回転式経蔵に収納してある明版一切経は、県の文化財に指定されています。本書は、15世紀初期、中国・明代に彫られた版木をもとに、17世紀後半の中国…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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快友寺(明版一切経)

版木(漢詩集:清狂遺稿)による木版印刷の体験 

「時を超え、版木に宿る江戸職人の技を見て、触れて、当時の出…

月性展示館では、月性作の漢詩集(清狂遺稿)を木版印刷した版木55枚と当時の収納箱を保存管理している。その版木を活用した簡易レプリカで木版印刷体験をすることで江戸時代の歴史、文化に触れると共に、当時の彫り師の見事な職人技も併せて感じることができる。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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版木(漢詩集:清狂遺稿)による木版印刷の体験 

国登録有形文化財 旧市長公舎

和と洋が融合した大正時代の建築物

大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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国登録有形文化財 旧市長公舎

小方謙九郎の墓、小方市右衛門の墓、小方弘徳君碑

石碑は大正2年、小方謙九郎を称えて建てられたものです。小方謙九郎は高杉晋作が結成した奇兵隊に入隊し、馬関攘夷戦に参戦した後、第二奇兵隊の参謀となり、四境の役で活躍しました。維新後は室津に帰り、室津村の第一回村会議員を務め、四階楼を建てた石碑の隣には…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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小方謙九郎の墓、小方市右衛門の墓、小方弘徳君碑

赤祢武人墓所

柱島の西栄寺にある奇兵隊第三代総督赤祢武人墓所。柱島の医師の子として生まれた赤祢武人は、松下村塾で吉田松陰に学び、後に奇兵隊の第三代総督を務める。しかし、当時藩政を主導していた俗論派と正義派諸隊の調停を図ったことで二重スパイとして疑われることになる…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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赤祢武人墓所

清鏡寺(清水宗治主従の供養塔)

豊臣秀吉の水ぜめで知られる備中吉備郡高松城の城主清水宗治の菩提寺で、「清水宗治主従の供養塔」があります。古くは吉祥寺と称していたが、分禄3年(1594年)清鏡寺と改めました。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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清鏡寺(清水宗治主従の供養塔)

明月上人誕生地(願行寺)

明月上人は、享保12年(1727)日前の願行寺に生まれ、松山の圓光寺第7世法灯を継いだ人間味豊かにして逸話多き僧。20歳の頃江戸に遊学し仏儒の学を究め、徂徠(そらい)の古学を好みました。越後の良寛、備中の寂厳(じゃくごん)と共に「近世の三筆」と称せられ、「…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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明月上人誕生地(願行寺)

多胡家老門

亀井氏11代にわたって手腕をふるった家老、多胡家の屋敷門。どっしりとした造りは、現在でも威風堂々たるものです。殿町には多胡家、大岡家、牧家の三家老の門が並んでいます。島根県の文化財に指定されています。

  • 山口・防府エリア
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多胡家老門

稲荷山古墳

竹部の稲荷山山中にあります。横穴式石室を内部主体とする小円墳です。玄室部に、稲荷社が祭られています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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稲荷山古墳

旧山中家住宅

昭和初期建ての典型的な浜崎の町家

旧山中家住宅は、昭和初期建ての典型的な浜崎の町家。浜崎伝建地区の中心部に位置し、浜崎本町筋から裏のとおりまで抜ける細長い敷地に、表から主屋、付属屋、土蔵が建ち並んでいます。これらはいずれも浜崎伝建地区の伝統的建造物(文化財)として特定されています。…

  • 萩・長門エリア
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旧山中家住宅

宮市本陣兄部家

【全体概要】鎌倉時代から周防国合物商の長職だった宮市の商人兄部家。1642年(寛永19)に宮市本陣に定められ、西国の大名や幕府の上級役人が宿泊するようになりました。

  • 山口・防府エリア
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宮市本陣兄部家

常関寺

寛永5年(1628)、領主山内広通により建立。幕末期、奇兵隊の病院が置かれたところで、隊士8名の墓があります。本堂の背後に釈迦如来を中心に左右に文殊・普腎の二菩薩があり、そのまわりに表情豊かな16羅漢像が並んでいます。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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常関寺

山田顕義旧宅跡

日本の「小ナポレオン」と言われた山田顕義の旧宅跡です。

  • 山口・防府エリア
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山田顕義旧宅跡

悴坂一里塚

【全体概要】萩唐樋の札場から最初の一里の地点に所在。

  • 萩・長門エリア
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悴坂一里塚

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

【全体概要】海潮寺本堂は、藩校明倫館の聖廟堂を移築したもの。聖廟は、市指定有形文化財(建造物)に指定されています。

  • 萩・長門エリア
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明倫館遺構聖廟(海潮寺)

井上勝旧宅跡

萩藩士井上勝行の三男として萩城下土原に生まれる。幕末の一時期、野村弥吉と称した。安政2年(1855)、開明派として知られた父に従い、江戸・浦賀に赴く。同5年、藩命により長崎でオランダ士官より兵学を学ぶ。文久3年(1863)には井上馨(聞多)・伊藤博文(俊輔)…

  • 萩・長門エリア
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井上勝旧宅跡

伊藤井上両公上陸の碑

文久3年(1863年)、「長州ファイブ」の一員としてイギリスにいた伊藤博文、井上馨は、英米仏蘭の4ヶ国連合艦隊が下関を攻撃するとの情報に接し、英国留学を中断して帰国の途につきました。両名は、元治元年(1864年)6月24日に富海に上陸し、飛船問屋入本屋磯七の宅…

  • 山口・防府エリア
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伊藤井上両公上陸の碑

下松護国神社

下松護国神社は、1866年に馬関戦争、禁門の変における都濃宰判出身の戦死者四柱を奉斎し、設立当初は、「山添招魂社」と号されていました。その後、戊辰戦争等の戦死者九柱を合祀(維新十三人墓)し、日清日露の戦役を含め、太平洋戦争終結までの国難に殉じた、下松市…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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下松護国神社

安部家本陣跡

安部半右衛門宅は山口の脇本陣として、毛利藩主一族の宿所にも使用されていました。小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通らが山口に来た際、ここに泊まっています。

  • 山口・防府エリア
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安部家本陣跡