検索結果

814件ありました
並び順
アクセス数順
更新順
現在地から近い順
表示切り替え
タイル
リスト
マップ

金輪神社

下松の地名の由来となった、星が降ったとされる鼎の松がある神社です。現在は初代から種を受け継いだ5代目が、下松市北斗町にある金輪神社に「鼎の松」として大切にされ、まちを守り続けています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_15501.html
金輪神社

萩キリシタン殉教者記念公園

【全体概要】萩城の石垣築造に際して、五郎太石(石垣の間に詰める石)が盗まれるいう紛争が益田元祥と熊谷元直、天野元信の間で始まり、石垣築造工事が2ヶ月以上も遅延し、毛利輝元は非は熊谷、天野両氏にありとして、一族11人を討ち滅ぼしました。これを五郎太石事…

  • 萩・長門エリア
detail_15416.html
萩キリシタン殉教者記念公園

朝倉八幡宮

【全体概要】幕末、山口に落ち延びてきた三条実美ら七卿が湯田に滞在していたとき、尊皇攘夷の祈願のため朝倉八幡宮に度々参拝しました。

  • 山口・防府エリア
detail_17109.html
朝倉八幡宮

勝栄寺土塁及び旧境内

【全体概要】南北朝時代に陶弘政が創建した時宗寺院。南北朝時代の時宗寺院は、政治的、軍事的な性格を持ち、寺院でありながら城郭の機能を果たす例が多く、この時期に土累と環濠が設けられたと考えられています。県下における中世寺院城郭の唯一の例として貴重なもの…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_12818.html
勝栄寺土塁及び旧境内

大玉スギ(飛龍八幡宮)

周南市須々万の飛竜八幡宮には、高さ34m、胸高幹周は10.5mの巨大な杉があり、枝の繁る様子が丸い玉のようであることから大玉杉と呼ばれ親しまれています。社伝によると、後光厳(ごこうごん)天皇(在位1352〜1371年)の時代、この地の岩に京都男山(おとこやま)の石…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_12912.html
大玉スギ(飛龍八幡宮)

浅江神社 シャクナゲ苑

約30種・300本のシャクナゲが咲き誇る

明治4年、加茂大明神と山王八幡宮の2社に山王原の1社(祭神、大山咋命)を併せて浅江神社の名称になりました。浅江神社は平成3年に台風の大きな被害を受け、それを機に神社の改築をしました。また、被害を受けた北側の鎮守の杜を、新たにしゃくなげ苑として整備し…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11885.html
浅江神社 シャクナゲ苑

金麗社

祭神は菅原道真、旧称天満宮。1865年、藩政府軍と諸隊が大田・絵堂で戦った際に、諸隊の本陣が置かれたところです。境内には、その時の戦利品や多くの石碑があります。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_14578.html
金麗社

シンフォニア岩国(山口県民文化ホールいわくに)

クラシックを中心としたコンサートホール、多様に利用できる多目的ホール、自由な空間創造のできる企画展示ホール、その他会議室、和室、練習室等のある総合文化施設です。また、自主企画事業として優れた芸術文化公演の鑑賞の場を提供しています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11646.html
シンフォニア岩国(山口県民文化ホールいわくに)

萩博物館20周年記念企画展 幕末維新の秋-小川コレクション…

国内屈指のコレクターが生涯をかけて集めた幕末維新期の資料が…

日本屈指の科学技術史資料コレクターである故・小川忠文氏がおよそ60年にわたって蒐集した数多くの資料の中から、幕末維新に関係する資料を厳選して展示します。おがわ是苦集(小川コレクション)には、現在、萩・明倫学舎幕末ミュージアムに展示している化学技術史…

  • 萩・長門エリア
detail_19122.html
萩博物館20周年記念企画展 幕末維新の秋-小川コレクション…

向山三号古墳

【全体概要】直径約17m、高さ3.5mの円墳で、主体部は前室をもつ九州系の横穴式石室。向山一帯にわたり多数の古墳があり、一大古墳群をなしています。また、須恵器の大型器台や当時の副葬品の組み合わせを明らかにする出土品から注目すべき古墳です。

  • 山口・防府エリア
detail_15208.html
向山三号古墳

大和屋政助の船蔵

江戸時代、富海浦は、旧山陽道の南方約18mのところに岸壁が広がっていました。記録によるとここでは、書状や小物、人を大阪へ運ぶ船頭二人乗りの飛船(とびふね)が頻繁に出入りし、「瀬戸内の飛脚船」として活躍したと残されています。当時、大和屋政助(やまとやま…

  • 山口・防府エリア
detail_17171.html
大和屋政助の船蔵

萩往還(山口)

萩往還は、慶長9年(1604)の萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ直線で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、全長およそ53キロメートルの街道。近世の民衆や維新の志士たちの交通路としても重要な役割を果たしてきた古道です。山口市内の関連の遺跡として…

  • 山口・防府エリア
detail_12389.html
萩往還(山口)

吉田宿

宿場の入口はT字形となっており、突き当たりに市恵比須があります。右に行けば萩、左に行けば赤間関に至る追分となっており、今も石標が残されています。藩はここに吉田宰判の勘場(代官所)を置きましたが、吉田勘場館跡には、今も建物の一部と練塀がその姿を残して…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_15204.html
吉田宿

平生町歴史民俗資料館

古代遺物と回天(本物)の一部を見る

歴史、民俗、考古などに関わる資料の保存、展示を行っています。見どころとしては岩田遺跡の出土品を中心とした縄文、弥生時代の生活文化と、神花山古墳の古代の女王の複顔など、遠いむかしを偲ぶロマンがあります。また、資料館下には土手町南蛮樋の樋門部材や回天二…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11817.html
平生町歴史民俗資料館

萩市平安古地区伝統的建造物群保存地区

選定地区は橋本川に沿った東西約150m、南北約300mの範囲で、藩政期の地割りをよく残しています。かつて重臣の多くは三の丸に住んでいたが、平安古・江向・土原方面の開墾が進むにつれて武家住宅も増えていきました。現在、この地域には、毛利一門の右田毛利家(16,0…

  • 萩・長門エリア
detail_14404.html
萩市平安古地区伝統的建造物群保存地区

豊栄神社

野田神社の隣にあり、毛利元就を祀る神社で、明治2年(1869)に萩城内から、野田神社とともに現在の地へ移された。

  • 山口・防府エリア
detail_12359.html
豊栄神社

唐樋札場跡(萩往還)

萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。

  • 萩・長門エリア
detail_17056.html
唐樋札場跡(萩往還)

周防鋳銭司跡

最初に銭貨が鋳造された708年から平安時代初期にかけて、鋳銭の事業の大部分が、この鋳銭司で行われました。9世紀中頃まで鋳造していたが、いつの間にか廃絶しました。

  • 山口・防府エリア
detail_12210.html
周防鋳銭司跡

法光寺(阿弥陀堂の仏像)

法光寺は、1186年(文治2)に、奈良東大寺再興のためこの地に下向した俊乗坊重源が建立した安養寺の遺構。阿弥陀堂には、5体の仏像が安置されています。(1)木造阿弥陀如来坐像像高は128.7cm、ヒノキ材、頭、体部を両ひじまでふくめて竪一材から彫りだしています。(2)木…

  • 山口・防府エリア
detail_12578.html
法光寺(阿弥陀堂の仏像)

梶栗浜遺跡

梶栗浜遺跡は、下関市安岡梶栗浜にある弥生時代の墓地遺跡。発掘調査により、ここから鏡、銅剣、土器などの遺物が出土したが、そのうちの青銅器は、我が国の遺跡から発見された例が少ない朝鮮古代のものであることがわかっています。出土品は、下関市立考古博物館に保…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_11084.html
梶栗浜遺跡