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笑山寺
長府藩祖 毛利秀元により、祖母乃美大方(のみのおおかた)の菩提寺として建てられた寺です。梅の寺としても知られ、境内には鎌倉時代末ごろの作で下関市指定文化財の「十三重石塔」や長府藩2代藩主光広と7代藩主師就の墓があります。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大内義隆主従の墓所
室町時代、大内家は山口の町を中心に中国地方西部一帯から九州北部にかけて大きな力を持っていました。天文20年(1551)、重臣の陶すえ晴はる賢かたの謀反にあい、大内義隆は仙崎から海路九州へと逃れようとしたが叶わず、9月1日湯本の大寧寺で自じ刃じんしました。『…
- 萩・長門エリア

乗福寺
乗福寺は臨済宗の古寺で、大内氏22代重弘が開いたお寺です。元応2年(1320)3月6日重弘が死亡したため、本寺に葬り菩提寺となりました。寺運の盛んな時は、塔頭36字、末寺88箇所あったといわれますが、大内氏滅亡とともに衰廃しました。今の寺は塔頭の正寿院を転じ…
- 山口・防府エリア

早長八幡宮
【全体概要】江戸時代、瀬戸内海の交通の要衝として栄えた室積地域の氏神である早長八幡宮。毎年10月の第2日曜日に行われる秋祭りでは、威勢のよい「木遣り唄」が歌われながら、山車が町内を引き回されます。
- 岩国・柳井・周南エリア

若山公園
春にはサクラとツツジが公園をピンク色に染める
昭和9年、小野田セメントの創設者である笠井順八翁の私庭を整備したのが始まりです。園内には笠井順八翁像をはじめ、野外ステージなどの施設があります。桜300本、つつじ200本が植栽されてあり、桜の花が公園をピンクに染める春、ドラマチックな夜桜が訪れる花見客を…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

医食の学び舎・旧畑迫病院
医療・健康の今昔を見つめなおす
先端医療を提供した明治25年設立の私立病院。畑迫病院は明治25年(1892)、畑迫村の実業家堀礼造によって創設された私立病院です。鉱山業によって財を成した堀礼造が、地域住民へ医療を安価に提供する機関として設立しました。その後、畑迫医院、畑迫診療所と名称を変え…
- 山口・防府エリア

来嶋又兵衛誕生記念碑
信頼が厚く、吉田松陰からも評された維新の志士
山陽小野田市高須にある厳島神社の境内に「来嶋又兵衛生誕地」の記念碑があります。来嶋又兵衛は元治元年、禁門の変で戦死し、48歳の生涯を閉じて有名です。生家は、厳島神社の北方約150mの地点で、宅地跡は田んぼとなって、石柱が田んぼの南側に所在しています。来…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

旧小野田セメント製造株式会社竪窯
日本に完存する唯一のセメント焼成用竪窯
【全体概要】旧小野田セメント製造株式会社竪窯は、わが国最初のセメント焼成窯です。高さ9.6メートル、煉瓦を積み上げて作った竪窯で徳利の形に似ていることから、徳利窯(とっくりがま)と呼ばれています。国重要文化財。(平成16年12月10日指定)
- 下関・秋吉台・宇部エリア

向山文庫跡
清水家の家老だった難波家の土蔵。清水親知の遺品と自家の蔵書が残っており,明治39年(1906)には村民にも一般開放していた。昭和51年(1976),光市史跡に指定された。
- 岩国・柳井・周南エリア

御汗観音
天保3年,中島屋太郎右衛門,桂掛比丘の2人が夢の中で観世音のお告げをきき,鹿水山中から掘り出し安置したものと伝えられ,観音像が常に濡れているところから御汗観音と呼ばれている。
- 岩国・柳井・周南エリア

西方寺
龍池山紫雲院西方寺は慶長年間長誉貞龍上人が堂を建て、このときから知恩院直末となりました。寛文年間、毛利綱広公より本堂再建のための松の木百本、毛利家家紋入り提灯が贈られた。幕末の動乱期の元治元年(一八六四)には、高杉晋作が結成した奇兵隊をはじめとした…
- 岩国・柳井・周南エリア

本郷歴史民俗資料館

清鏡寺(清水宗治主従の供養塔)
豊臣秀吉の水ぜめで知られる備中吉備郡高松城の城主清水宗治の菩提寺で、「清水宗治主従の供養塔」があります。古くは吉祥寺と称していたが、分禄3年(1594年)清鏡寺と改めました。
- 岩国・柳井・周南エリア

二井寺山極楽寺

岩隈八幡宮(木造扁額「八幡宮」独立性易筆)
【全体概要】玖珂六ヶ郷の惣社とされ、祭神は応神天皇、仲哀天皇など9座。県指定文化財で、杉材の額板に、隷書体で「八幡宮」と深く陰刻されている木造扁額「八幡宮」を所蔵しています。額縁も杉材で、棟木(むなぎ)を耳状、足柱(あしばしら)を猫足状に作っていま…
- 岩国・柳井・周南エリア

中山忠光墓
中山忠光は、もともと孝明天皇につかえていた公家でした。幕末には、尊王攘夷派として活動し、武力によって幕府を倒そうとする天誅組の首領になりましたが、その戦いに敗れて長州へ逃げ、1864年(元治1)に暗殺されました。墓は、忠光を祀ってある中山神社境内にあり…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大村神社
幕末の兵学者で明治維新の功労者・大村益次郎を祀る神社
幕末の兵学者で明治維新の隠れた功労者・大村益次郎を祀る神社で、長沢池の北、鋳銭司郷土館の隣に位置しています。もとの社は、北へ約500mの山中にある墓のそばにあったが、昭和21年に現在の地へ移されました。境内からは長沢池の全景が望めます。
- 山口・防府エリア

松浦松洞誕生地
【全体概要】松浦松洞(亀太郎)は、幼い頃から絵が得意で、京都の小田海僊に画法を学んだ。安政3年(1856)、20歳で松下村塾に入塾し、松陰が江戸に送られる直前に肖像画を描きました。文久2年(1862)、久坂玄瑞らとともに上京。公武合体論を主張する長井雅楽の暗殺…
- 萩・長門エリア

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

六軒茶屋跡(萩往還)
萩往還は、慶長9年(1607)萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ最短で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、延長52.7キロメートルの街道です。萩往還には旅人の休憩の場として茶屋が所々に設けられていました。その茶屋の中で、萩往還最大の難所、一の坂に…
- 山口・防府エリア








