条件指定検索
- カテゴリを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
- 現在の検索条件
- 名所・史跡
- 歴史・文化の展示館
- 人物の資料館
- 郷土館・民族資料館
- 社寺の宝物殿・資料館
検索結果
- 並び順
- アクセス数順
- 更新順
- 現在地から近い順
- 表示切り替え
- タイル
- リスト
- マップ
桂太郎旧宅
内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…
現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…
- 萩・長門エリア

善福寺
室町時代に創建された寺。幕末の志士や著名な絵師の墓が残る
指月山善福寺は永享年間(1429~40)に指月山麓に創建された臨済宗の寺院で、毛利輝元の萩城築城のため、この地に移されました。天文19年(1550)大内義隆が寺領を保証した文書は「萩」の地名が書かれた最古の資料といわれています。竿の部分に人の形をした像が彫られ…
- 萩・長門エリア

養専寺
- 岩国・柳井・周南エリア

柳井市町並み資料館
建物は明治40年に建てられたものをそのまま利用しており、石造りのレトロな外観は、当時の銀行独特の重厚な姿を今に伝えます。1階は町並みの模型を展示するほか、観光案内所が設置され、2階は名誉市民で、歌謡界に足跡を残した、松島詩子記念館として整備されていま…
- 岩国・柳井・周南エリア

三渡八幡宮
三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…
- 山口・防府エリア

秋穂霊場八十八ケ所
国内最古と伝えられる写し四国
この霊場は天明3年(1783年)、約230年前に遍明院第八世の性海法印(住職)が四国八十八ヶ所を巡拝して、各札所の護符と土砂を秋穂に大切に持ち帰り、秋穂各地に祀り、祈願し、その場所を「秋穂霊場札所」としたのが始まりです。四国八十八ヶ所の写し霊場「写し四国」とし…
- 山口・防府エリア

熊谷氏邸庭園
熊谷家は、問屋と金融、仲買、製塩を業とし、萩藩御用達として栄えた豪商で、住宅は、明和5年(1768)に新築したものといわれ、美術館として一般に公開されています。庭園には、樹齢600年のソテツや200年の松灯龍などあります。
- 萩・長門エリア

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

仁壁神社

四境の役砲撃戦跡

中山神社宝物殿

堺町御門
【全体概要】長州藩が警備を担当していた御所の門。クーデター「八月十八日の変」でその任務を解かれ、藩士全員の京都撤退を命じられた。
detail_17971.html
山口市徳地文化伝承館
重源上人と徳地の関わりを知る
鎌倉時代、東大寺再建の命を帯びてこの地から木材を搬出した俊乗房重源上人の偉業を、模型やパネル、ミニシアターの映像などで 当時の文化財についての展示とともにふりかえることができます。あわせて昭和以前の徳地の生活用品等の展示も行っています。
- 山口・防府エリア

龍蔵寺観音堂

大村益次郎医学記念碑
江戸時代、ここには長州藩の獄舎と処刑場がありました。大村益次郎がここで処刑された女囚の解剖を行い、藩の医学校山口好生堂の生徒に見学させ、講義をしました。近代医学黎明の地として記念碑が建てられています。
- 山口・防府エリア

中山神社
幕末急進派の公卿、中山忠光卿を祀る神社背後にそびえる白滝山頂上には滝つぼがあり、清流となっています。一日ハイキングコースとして登山に適しています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

吉田宿
宿場の入口はT字形となっており、突き当たりに市恵比須があります。右に行けば萩、左に行けば赤間関に至る追分となっており、今も石標が残されています。藩はここに吉田宰判の勘場(代官所)を置きましたが、吉田勘場館跡には、今も建物の一部と練塀がその姿を残して…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

常徳寺庭園
庭園は常徳寺境内の東側にあり、室町時代後期ごろに築かれた池や水を観賞する庭園です。庭につくった小川、滝に似せた石組み、池の中島などがよい状態で残っています。
- 山口・防府エリア

田中義一誕生地
【全体概要】文久3年(1863)藩士の三男としてこの地に生まれました。昭和2年(1927)内閣総理大臣。現在は白いなまこ壁が美しい菊屋横町に石碑が建てられています。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
- 萩・長門エリア

大内義隆供養塔
室町時代の守護大名大内義隆が長門市大寧寺で自害、側室の子息が忍び逃れ、御舟子の養雲院の住職となり、義隆卿、正室、側室を供養するため建立した石塔が三基あります。
- 萩・長門エリア








