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下横瀬公民館(旧明木村立図書館)
【全体概要】前身は旧明木村立図書館。全国初の村立図書館として建設されたが、昭和33年に現在地に移築し、地区公民館として使用されています。木造平屋建て44平方m。
- 萩・長門エリア

広沢寺
山号は万年山、曹洞宗のお寺で、本尊は薬師如来です。この寺は大内氏26代盛見の子教幸の菩提寺で、文明年間(1470頃)の創建です。はじめ山口古熊にありましたが、明治3年現在の地に移ってきました。
- 山口・防府エリア

北灯台
山口県最北端の地
見島の最北端の岬である長尾ノ鼻に立っている灯台で、見島の北の航海の安全のため、昭和38年1月15日に点灯を開始しました。この灯台は、水平線からの日の出と日の入りの両方を見ることができる全国的にも珍しい場所となっています。灯台の南の神畑には、日露戦争…
- 萩・長門エリア

三恵寺
大同元年(806)実忠和尚が草創。70年に一度開帳の秘仏、千手観音を本尊とし、本寺中興の祖恰雲和尚は薬師如来の霊告により川棚温泉を開発しています。観音堂から少し登ったところに、ツバキの仲間で常緑小高木であるモッコクが生育しています。あたりは花こう岩がむ…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

仁馬山古墳
仁馬山古墳は、全長74mの前方後円墳です。後円部は直径46m、3段築成で、ほぼ原形を保っています。下関市街の北方、響灘に注ぐ綾羅木川右岸の台地上にあり、台地の南縁に沿って前方部を西に向けた長門地方最大の前方後円墳です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

降松神社
降松(くだまつ)神社は、今から一四〇〇年以上前 推古天皇の時代に創建されてより、時代を経て今の鷲頭山に建立され皆様方を見守り続けてきました。鷲頭山山頂に上宮(じょうぐう)、その下に中宮(ちゅうぐう)があり、そして山の麓に若宮(わかみや)があります。若…
- 岩国・柳井・周南エリア

星の塔

日置峠山の須恵器窯跡

山口市歴史民俗資料館

蛤御門
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)で長州藩は御所に発砲した罪で朝敵となってしまう。現在の蛤御門には、当時のものと思われる弾痕が残っており、戦いの激しさを見ることができる。
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歌野清流庵
築150年、茅葺屋根が美しい国有形文化財の古民家
歌野清流庵は下関市菊川町、歌野川上流の歌野地区に位置する農家。この地区にはかつて集落がありましたが、歌野川ダムの建設により立ち退きとなりました。唯一取り残された建物を平成14年から3年をかけて屋根の葺き替えなどの修復工事を行い、さらに耐震補強や屋内装…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

岩国藩主吉川家墓所
吉川家代々墓所。岩国に入府した岩国吉川家初代広家から、六代経永を除く十二代経幹までの当主及びその一族の墓が五十一基あります。墓所裏手の山際には「みみずくの手水鉢」があります。
- 岩国・柳井・周南エリア

豊久丸の墓
大内義弘死後の弟の盛見は、自分の子豊久丸を水死させ、世子持世を立て後見人となりました。水死体が湛尻の岸に上がったので、有縁の地として妙湛寺を建て祭りました。
- 山口・防府エリア

鷲原八幡宮
鎌倉時代に城の守護神として城山の南西麓に創建された八幡宮は、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して社殿が建立されました。鶴岡八幡宮のものを模したという全長270mの広大な流鏑馬(やぶさめ)馬場は、日本でただ一つ原型を残す横馬場形式で、貴重な文化財です。春に行われる…
- 山口・防府エリア

黒川写真館跡
金子みすゞが、20歳の記念写真を撮ったのが、この地にあった黒川写真館(今の村田写真館)といわれています。このころから、ペンネーム「みすゞ」で詩を書き、雑誌『童話』、『婦人倶楽部』、『金の星』などに投稿を始めました。その後、西條八十に認められ、「若き童…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

旧山中家住宅
昭和初期建ての典型的な浜崎の町家
旧山中家住宅は、昭和初期建ての典型的な浜崎の町家。浜崎伝建地区の中心部に位置し、浜崎本町筋から裏のとおりまで抜ける細長い敷地に、表から主屋、付属屋、土蔵が建ち並んでいます。これらはいずれも浜崎伝建地区の伝統的建造物(文化財)として特定されています。…
- 萩・長門エリア

吉田松陰東送の碑
【全体概要】安政6年(1859)5月25日午前9時ごろ、江戸幕府により東送を命ぜられた吉田松陰は、唐丸籠に乗り、食事ができる程度にゆるく手を縛られ、小雨の中萩を後にしました。途中、小休止をとった萩往還沿いの夏木原で、日本の現状を憂い、行く末を案じて詠んだ詩が…
- 萩・長門エリア

奥阿武宰判勘場跡
【全体概要】勘場跡は、貞享4年(1687年)から明治11年の初めまでの200年間、奥阿武宰判の代官所として、むつみ村、阿東町、須佐町、田万川町、阿武町(奈古を除く)を統括し、政治・文化の中心地でした。現在は、敷地及び周辺の石組みが残っています。
- 萩・長門エリア

周防鋳銭司跡
最初に銭貨が鋳造された708年から平安時代初期にかけて、鋳銭の事業の大部分が、この鋳銭司で行われました。9世紀中頃まで鋳造していたが、いつの間にか廃絶しました。
- 山口・防府エリア

長寿寺








