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秋根一号古墳
秋根神社の境内にある6世紀中頃の円形墳で、墳丘が削られ、石室の一部が露出しています。石室は横穴式石室で、奥室と前室があり、室壁はほとんどが礫岩で一部に花崗岩が使われています。さらに石室全体は、天井部に近いほど小石を積み上げドーム状になっています。奥…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

周布政之助の碑
【全体概要】周布は藩政の主導権を幕府の考え方に従おうとする俗論等に奪われた責任を取り、自刃しました。その場所の近くに功績を伝える碑が建っています。
- 山口・防府エリア

山口市徳地文化伝承館
重源上人と徳地の関わりを知る
鎌倉時代、東大寺再建の命を帯びてこの地から木材を搬出した俊乗房重源上人の偉業を、模型やパネル、ミニシアターの映像などで 当時の文化財についての展示とともにふりかえることができます。あわせて昭和以前の徳地の生活用品等の展示も行っています。
- 山口・防府エリア

勝栄寺土塁及び旧境内
【全体概要】南北朝時代に陶弘政が創建した時宗寺院。南北朝時代の時宗寺院は、政治的、軍事的な性格を持ち、寺院でありながら城郭の機能を果たす例が多く、この時期に土累と環濠が設けられたと考えられています。県下における中世寺院城郭の唯一の例として貴重なもの…
- 岩国・柳井・周南エリア

平生町民具館
昔の民具と塩田用具は必見
塩田関係、漁労、農耕、衣食住関係約600点の民具を展示しています。創意と工夫をこらしたものがたくさんあり、昔の人の生活がしのばれます。
- 岩国・柳井・周南エリア

御山神社経塚
御山神社経塚は阿武町惣郷にある経塚。築造は12世紀ごろと推定されています。経塚は、永く後世に伝えるため経典を経筒などに入れて地中に納め、塚を築いたもので、この経塚は、御山神社社務所横の土中より発見されました。
- 萩・長門エリア

来嶋又兵衛誕生記念碑
信頼が厚く、吉田松陰からも評された維新の志士
山陽小野田市高須にある厳島神社の境内に「来嶋又兵衛生誕地」の記念碑があります。来嶋又兵衛は元治元年、禁門の変で戦死し、48歳の生涯を閉じて有名です。生家は、厳島神社の北方約150mの地点で、宅地跡は田んぼとなって、石柱が田んぼの南側に所在しています。来…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

夫婦島(男鹿島・女鹿島)

光ふるさと郷土館

黒川写真館跡
金子みすゞが、20歳の記念写真を撮ったのが、この地にあった黒川写真館(今の村田写真館)といわれています。このころから、ペンネーム「みすゞ」で詩を書き、雑誌『童話』、『婦人倶楽部』、『金の星』などに投稿を始めました。その後、西條八十に認められ、「若き童…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

清水寺
寺の創建は寺伝によると大同元年(806)といわれ、千手観音菩薩立像を本尊とする真言宗の寺院で、山口盆地最古の寺院といわれています。はじめ天台宗でしたが、室町時代に真言宗に改宗したと言われます。観音堂は明応2年(1493)大内政弘が建てたものといわれ、残っ…
- 山口・防府エリア

立石孫一郎の碑
第二奇兵隊幹部の立石孫一郎は、倒幕を急ぐあまり仲間を引き連れて隊を脱走し、倉敷代官所などを襲撃しました。その後、幕軍に追われることとなり、慶応2年(1866年)藩命に背いたとされ千歳橋の橋上で暗殺されました。その場所の近くに、石碑と小さな祠が建てら…
- 岩国・柳井・周南エリア

伊勢屋横町
呉服商 伊勢屋のあった絹機屋町などとも呼ばれた横町
碁盤目状に区画された萩城下町には、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていました。現在でも町筋はそのままに残り、往時の面影をとどめています。東西にのびる表通りの御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、御成道から南へ入る3つの横町…
- 萩・長門エリア

大村神社
幕末の兵学者で明治維新の功労者・大村益次郎を祀る神社
幕末の兵学者で明治維新の隠れた功労者・大村益次郎を祀る神社で、長沢池の北、鋳銭司郷土館の隣に位置しています。もとの社は、北へ約500mの山中にある墓のそばにあったが、昭和21年に現在の地へ移されました。境内からは長沢池の全景が望めます。
- 山口・防府エリア

山田顕義旧宅跡

長向寺
萩の乱では、反乱軍(殉国軍)前原一誠が生雲に陣を置いたため、小学校が焼けるなどしました。前原軍は、食料を調達するため榎谷や鷹ノ巣方面に進出したところ、官軍と衝突した時に発砲された銃弾の跡が、長向寺に残されています。
- 山口・防府エリア

北方八幡宮
もとは東岐波に宇佐八幡宮の祭神を勧請したことにはじまり、1255年(鎌倉時代)これを南北に分神させた際に、北方を当地に神殿が移されました。左右に突き出た部分をもつ優美な屋根が特徴の楼門は、大内時代の建築様式を残す県内でも珍しいものです。毎年9月敬老の日…
- 山口・防府エリア

井上勝旧宅跡
萩藩士井上勝行の三男として萩城下土原に生まれる。幕末の一時期、野村弥吉と称した。安政2年(1855)、開明派として知られた父に従い、江戸・浦賀に赴く。同5年、藩命により長崎でオランダ士官より兵学を学ぶ。文久3年(1863)には井上馨(聞多)・伊藤博文(俊輔)…
- 萩・長門エリア

土蔵相模跡
【施設概要】JR品川駅南側、線路と交わる八ツ山橋を渡ると、国道第一京浜の東側に平行する狭い街筋があります。ここが江戸時代、東海道で日本橋につぐ第一番目の宿場として旅籠百軒という繁栄をきわめた品川宿の跡です。 中でも酒楼相模屋は高級妓楼として知られ、…
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御茶屋臨野堂跡








