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山口市小郡文化資料館
俳人種田山頭火と郷土の誇る彫刻家河内山賢祐をはじめ、生活文化・ふるさと文化資料を展示しています。また、ギャラリーも設けられており、団体、又は個人の作品発表の場として広く開放されています。
- 山口・防府エリア

下関市烏山民俗資料館
さまざまな地域の暮らしや文化を知ることが出来る
川棚温泉交流センター内に設けられた「烏山民俗資料館」では、地域の民俗資料だけでなく、日本全国から庶民の日常道具、特に焼き物・竹製品・家具など「日本人の手仕事文化」を中心に、美術工芸品や絵画、海外の民族資料まで、約3万点に及ぶ収蔵資料の中から、さまざ…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

塚の川古墳
【全体概要】6世紀末に築かれた円墳で,この地方を掌握した豪族とその家族の墓と考えられる。墳丘の直径は15m,周濠を含めると古墳全体の直径は27mあり,県内でも大型の円墳の一つといえる。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

向山文庫跡
清水家の家老だった難波家の土蔵。清水親知の遺品と自家の蔵書が残っており,明治39年(1906)には村民にも一般開放していた。昭和51年(1976),光市史跡に指定された。
- 岩国・柳井・周南エリア

江泊瓦窯跡

豊久丸の墓
大内義弘死後の弟の盛見は、自分の子豊久丸を水死させ、世子持世を立て後見人となりました。水死体が湛尻の岸に上がったので、有縁の地として妙湛寺を建て祭りました。
- 山口・防府エリア

三渡八幡宮
三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…
- 山口・防府エリア

冠念寺

岩畠古墳
【全体概要】横穴式石室で、南に入口を開いている。南と東が道路と接しており、墳丘が削られている。 石室の全長は10.1mで山口県内でも有数の大きさである。玄室は奥行4.5m、幅2.5m、高さ2.9m。石室の石材は花崗岩で、極めて大きい石が使用されてい…
- 山口・防府エリア

長向寺
萩の乱では、反乱軍(殉国軍)前原一誠が生雲に陣を置いたため、小学校が焼けるなどしました。前原軍は、食料を調達するため榎谷や鷹ノ巣方面に進出したところ、官軍と衝突した時に発砲された銃弾の跡が、長向寺に残されています。
- 山口・防府エリア

周防明倫館兵学寮跡
長州藩士 上田鳳陽が創立した山口講習堂が山口明倫館と改称しました。山口明倫館は文学寮と兵学寮とに分かれ、文学寮には小学舎及び編集局、兵学寮には歩兵・騎馬・砲兵の三兵塾がありました。
- 山口・防府エリア

常徳寺庭園
庭園は常徳寺境内の東側にあり、室町時代後期ごろに築かれた池や水を観賞する庭園です。庭につくった小川、滝に似せた石組み、池の中島などがよい状態で残っています。
- 山口・防府エリア

明倫館遺構聖賢堂
聖賢堂は藩校明倫館の聖廟前、観徳門の左右にあった東塾・西塾の遺構である。 明倫館廃校の後、両塾を合わせて1棟とし、市内東田町の阿呼社境内に移築されていたが、大正7年(1918)に再び元の地の明倫館跡へ移された。 建物は切妻造り、起こり屋根桟瓦葺き…
- 萩・長門エリア

巌島神社

坪井九右衛門旧宅

下横瀬公民館(旧明木村立図書館)
【全体概要】前身は旧明木村立図書館。全国初の村立図書館として建設されたが、昭和33年に現在地に移築し、地区公民館として使用されています。木造平屋建て44平方m。
- 萩・長門エリア

小川家長屋門
【全体概要】小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士。安政の初期, またはそれ以前の建築といわれ、扉の金具、出格子の細部など優れたもので、当時の武士の生活様式を知ることができます。
- 萩・長門エリア

広沢真臣の墓

御茶屋臨野堂跡

明倫館遺構南門
この門は、嘉永2年(1849)江向に新築された新明倫館の正門として建てられたもので、明倫館全体からみて南にあたるので南門と名付けられたが、通称表御門と呼ばれていました。門は切妻造り本瓦葺きで桁行3.94m、梁間3.15mの一間一戸の四脚門で、左右に袖があり、潜…
- 萩・長門エリア








