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阿武川歴史民俗資料館

朝倉八幡宮

山田顕義誕生地(顕義園)
【全体概要】山田顕義は、1844年(弘化元年)に萩藩士山田七兵衛の長男として生まれ、14歳の時に松下村塾に入門した。吉田松陰にとっては最年少の門下生だったらしい。戊辰戦争で大きな功績を残し、明治に入ってからは佐賀の乱、西南戦争の鎮静に尽力。その後、日本の…
- 萩・長門エリア

津和野藩藩邸跡

北向地蔵尊
病気回復や進学、縁結びに御利益があると言われています。明治の頃市外に住む重病人が祈祷をする人に「片倉の高台の北に向いたお地蔵様に祈願すれば全快は疑いなし」と教えられ願かけし、満願の日に全快。これが由縁です。線香の煙を患部に当てると良いとされ例祭には…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

榊八幡宮

鶴ヶ嶺八幡宮
仲哀天皇、神宮皇后、応神天皇、比売大神を祭神とし、547年(天文16)この地に建てられたといわれています。境内には、樹齢300年余りを経た大杉や大松がそそりたち、森厳な雰囲気を漂わせています。社殿に近い西側前方にあるクスノキは、目通り7.9m、高さ27m、幹は地…
- 萩・長門エリア

向山文庫跡
清水家の家老だった難波家の土蔵。清水親知の遺品と自家の蔵書が残っており,明治39年(1906)には村民にも一般開放していた。昭和51年(1976),光市史跡に指定された。
- 岩国・柳井・周南エリア

向山三号古墳
【全体概要】直径約17m、高さ3.5mの円墳で、主体部は前室をもつ九州系の横穴式石室。向山一帯にわたり多数の古墳があり、一大古墳群をなしています。また、須恵器の大型器台や当時の副葬品の組み合わせを明らかにする出土品から注目すべき古墳です。
- 山口・防府エリア

四ッ子島
【みどころ】満潮時に奇岩が4つ見えることから名づけられました。和佐側から見る朝日、小泊帯子峠から見た白木山に沈む夕日は、息を呑む美しさです。
- 岩国・柳井・周南エリア

下瀬山城跡
吉見氏の一族、下瀬氏の居城跡で、礎石と五代頼郷と六代頼重の墓が残っている。下瀬氏は津和野・三本松城の北の備えとしてここに城を築き、慶長5年(1600年)吉見氏か長門国に移るまで八代約300年間、この地方の統治にあたった。下瀬氏が下瀬山に城を築いたのは、北条…
- 山口・防府エリア

光峨嵋山護国神社

万倉護国神社
国司信濃公を祀る神社
宇部市の万倉小学校に程近い山の上にあり、禁門の変の責任を取って自刃した国司信濃公が祀られており、禁門の変で命を落とした万倉の兵士の墓標が立っています。万倉の招魂場は、慶応3年に当時の国司家当主国司健之助純行によって昔の国司氏の練兵場であったところに…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

旧福原家萩屋敷門

悴坂一里塚

落合の石橋
長さ2.4m、幅1.7m。石組みの川岸から川に張り出させた大きな石を橋げたにして、上に板状の石を載せた県内特有の工法で、江戸後期のものと思われます。萩往還の途上にあります。
- 萩・長門エリア

八幡隊結成の地
八幡隊は文久3年(1863)9月に堀真五郎を初代総督として八幡馬場で結成された隊です。総督には当初、久坂玄瑞が推されましたが、自由な身の振りを求めて辞退し、代わりに堀真五郎を就かせました。
- 山口・防府エリア

梶栗浜遺跡
梶栗浜遺跡は、下関市安岡梶栗浜にある弥生時代の墓地遺跡。発掘調査により、ここから鏡、銅剣、土器などの遺物が出土したが、そのうちの青銅器は、我が国の遺跡から発見された例が少ない朝鮮古代のものであることがわかっています。出土品は、下関市立考古博物館に保…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

ラポールゆや
可動式500席収容の大ホール・可動式壁パネルにより最大3室に仕切れるコミュニティーホール外図書室・研修室等を備えた文化施設です。2003年から自主公演事業で地元の子供達によるオリジナルミュージカルが毎年行われています。
- 萩・長門エリア

周防嫁いらず観音
【全体概要】嫁いらず観音は、徳川時代初期に周防一帯の観音信仰に厚い豪商や豪農が奇進したもの。いつの頃からか、薬師堂左手の竹藪の中にある二体は、老後の無病息災と家族の手数を煩わすことなく極楽往生を叫えてくれる霊験で、一体を「嫁いらず観音」一体を「ぼけ…
- 岩国・柳井・周南エリア








