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豊功神社

伊勢屋横町
呉服商 伊勢屋のあった絹機屋町などとも呼ばれた横町
碁盤目状に区画された萩城下町には、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていました。現在でも町筋はそのままに残り、往時の面影をとどめています。東西にのびる表通りの御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、御成道から南へ入る3つの横町…
- 萩・長門エリア

野村望東尼終焉の宅跡及び墓
幕末の混乱した時代に、勤王歌人として、また志士の母として慕われた野村望東尼が、歌友荒瀬ゆり子宅で他界しました。宅跡は三田尻本町に、墓は桑山にあります。
- 山口・防府エリア

周防明倫館兵学寮跡
長州藩士 上田鳳陽が創立した山口講習堂が山口明倫館と改称しました。山口明倫館は文学寮と兵学寮とに分かれ、文学寮には小学舎及び編集局、兵学寮には歩兵・騎馬・砲兵の三兵塾がありました。
- 山口・防府エリア

唐樋札場跡(萩往還)
萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。
- 萩・長門エリア

井上勝旧宅跡
萩藩士井上勝行の三男として萩城下土原に生まれる。幕末の一時期、野村弥吉と称した。安政2年(1855)、開明派として知られた父に従い、江戸・浦賀に赴く。同5年、藩命により長崎でオランダ士官より兵学を学ぶ。文久3年(1863)には井上馨(聞多)・伊藤博文(俊輔)…
- 萩・長門エリア

旧宮崎商館
全面道路の唐戸西之端大通はかつてのメインストリートであり、明治後期には外国系の商社が軒を並べ、この宮崎商館に西隣にも商業会議所、電話交換局がありました。宮崎商館は神戸で設立された石炭輸出業を営む商社でした。外観は、赤煉瓦と白い石の組み合わせが美しく…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

山頭火の小径
【全体概要】防府の生んだ漂泊の俳人・種田山頭火が生家から小学校まで通った道は、「山頭火の小径」として残っており、小径沿いの民家の塀や壁には、故郷を詠んだ山頭火の句が多数掛けられています。また、市内には、70数基の句碑があり、防府駅前には銅像が立ってい…
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郡司鋳造所遺構広場
【全体概要】萩藩の代表的な鋳物師であった松本郡司家の鋳造工房の遺構を移築整備した広場です。なかでも、西洋式の青銅大砲を鋳造し、一番深いところで4.5mある巨大な石組み大砲鋳造遺構は日本でも唯一のものです。
- 萩・長門エリア

籌勝院
【全体概要】長州軍は、第二次征長軍からの攻撃に備え、遊撃隊を主力として小瀬村に駐屯させた。籌勝院はその際、遊撃隊の本陣がおかれた場所である。慶応2年(1866)6月14日未明に開戦された芸州口の戦いで彦根藩を中心とする征長軍の主力部隊に対し大勝。境内には…
- 岩国・柳井・周南エリア

万葉の歌碑
舟泊まりの記録が万葉集・巻の第十五に残る
万葉集に出てくる「可良の浦」は平生町尾国地域で、約1,300年前の長い船旅の途中、風待ち、潮待ち、補給、給水のできる良い港であったと言われています。港にはよい水が豊富にあることが条件で、現在でも年中絶えることなく自然の湧き水が出ている場所が「上関温泉」…
- 岩国・柳井・周南エリア

瓶垣
丈夫な硫酸瓶を人々の知恵が活かす
【全体概要】小野田地区の粘土が硫酸を入れる容器に適していたため、市内で大量に硫酸瓶が作られ製陶業が栄えました。その硫酸瓶を積み上げて作られたのが瓶垣です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

岩国藩主吉川家墓所
吉川家代々墓所。岩国に入府した岩国吉川家初代広家から、六代経永を除く十二代経幹までの当主及びその一族の墓が五十一基あります。墓所裏手の山際には「みみずくの手水鉢」があります。
- 岩国・柳井・周南エリア

二井寺山極楽寺

彦根戦死士之墓

吉田松陰防長路惜別の地
吉田松陰の歌碑が建っています。安政の大獄で、幕府の召喚をうけた吉田松陰が籠で護送される途中、広島県との境である小瀬川に差し掛かかった際、防長二州と最後の別れを覚悟して惜別の歌を詠みました。現在、小瀬川にはこの歌を刻んだ吉田松陰歌碑が建てられています…
- 岩国・柳井・周南エリア

萩市平安古地区伝統的建造物群保存地区
選定地区は橋本川に沿った東西約150m、南北約300mの範囲で、藩政期の地割りをよく残しています。かつて重臣の多くは三の丸に住んでいたが、平安古・江向・土原方面の開墾が進むにつれて武家住宅も増えていきました。現在、この地域には、毛利一門の右田毛利家(16,0…
- 萩・長門エリア

問田益田氏旧宅土塀
萩藩の重臣で4,000石を領した問田益田氏旧宅の土塀。堀内地区は萩藩重臣の邸宅が並んでいた所で、中でもこの土塀は最もよく旧態を留めています。市指定文化財。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
- 萩・長門エリア

花尾八幡宮(ガラス絵 泰西風景図・長崎港図)
山口市徳地島地の花尾八幡宮は、県の文化財に指定されているガラス絵を所蔵しています。「泰西風景図」は、ヨーロッパの海辺の風景で、海には帆船やボートがうかび、海洋には民家や人物、樹木が描かれており、「長崎玉木官平一源画」と画家の署名があります。「長崎港…
- 山口・防府エリア

奥阿武宰判勘場跡
【全体概要】勘場跡は、貞享4年(1687年)から明治11年の初めまでの200年間、奥阿武宰判の代官所として、むつみ村、阿東町、須佐町、田万川町、阿武町(奈古を除く)を統括し、政治・文化の中心地でした。現在は、敷地及び周辺の石組みが残っています。
- 萩・長門エリア








