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中郷遺跡
- 山口・防府エリア

貞昌寺

玄答院
【全体概要】山号を放光山といい、曹洞宗の寺院です。寺伝によると開創された年月は不明ですが、天正5年(1577)に曹洞宗に改まったとあります。寛永7年(1630)この地方の領主であった益田景祥が没したことにより、古くからあった寺を玄答院と改名し、益田景祥の菩…
- 山口・防府エリア

福原元僴幽閉之地

木造地蔵菩薩坐像(蓮華寺)
田布施町蓮華寺に安置されています。ヒノキを材とした一木彫り寄木造りで、仏像の高さは78cmです。像の中に墨で書かれた銘文があり、1350年に「大仏師沙弥仏性」がつくったことがわかります。はぎ目がいずれも竹釘やかすがいで、像の解体が可能であるため、木寄せの模…
- 岩国・柳井・周南エリア

正護寺
臨済宗で山号を方松山といいます。この寺は、大内氏の一族右田氏から分れた、弘賢が13世紀末にこの陶の地を領し、地名を氏とし、陶氏を名乗るようになりました。陶弘賢はこの正護寺の前方の台地に屋形を築き、政務をとりました。現在屋形の土塁の一部が残っています。…
- 山口・防府エリア

浮舟庵の墓
JR江崎駅前通りを県道に出て、右へゆるやかに登ると、すぐ右手の小高くなったところに、安永年間に建てられた、県下でも珍しい酒樽の形をしたお墓があります。 墓石には、「浮舟庵独醒風士・安永の秋、友人某」と書いてあります。 このお墓は、酒好きでいながら働…
- 萩・長門エリア

小川家長屋門
【全体概要】小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士。安政の初期, またはそれ以前の建築といわれ、扉の金具、出格子の細部など優れたもので、当時の武士の生活様式を知ることができます。
- 萩・長門エリア

広沢真臣の墓

普門寺塾跡

亀井家墓所

蕃書調所跡
【施設概要】アメリカのペリーが黒船を率いて来航し、幕府に開国を求めたのが嘉永6年(1853)、それから二年後の安政2年(1855)、幕府は九段坂下に洋学研究所を設け、まもなく蕃書調所と改称しました。 蕃書調所の開所から約2年後、現在の山口県山口市出身で、新…
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長井雅楽旧宅跡

竹林寺
【全体概要】池田屋事変(元治元(1864)年)で捕われ、六角獄舎につながれていた志士たちは、蛤御門の変に際し逃亡を恐れた幕吏によって斬首された。その数は37名にのぼり、当時最大の悲惨な事件であった。その遺骸は竹林寺に合葬されている。
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明倫館遺構万歳橋
万歳橋は、萩城本丸跡にある指月公園内の志都岐山神社前の庭池に架かる石橋です。もともとは藩校明倫館にあったもので、明倫館には、多くの藩校と同じように聖廟の前に泮水を巡らしてその中央に石橋が架けてありました。その遺構を移築したものです。橋は花崗岩で造ら…
- 萩・長門エリア

所郁太郎の墓

陶陶窯跡
陶陶窯跡は、須恵器を焼いた窯で、平安時代初期に使われたものと思われます。この地方の地名を陶ということからわかるように、この地では古くから窯業が盛んに行われていました。現在陶地区の北側の山裾一帯には広く須恵器の破片が散布しており、各所に窯跡と見られる…
- 山口・防府エリア

津和野町/主水畑
元和3年(1617)亀井政矩が4万6000石で津和野に入封、以後250年間亀井家がこの地を治め明治維新を迎えました。藩政を支えたのが親戚筋の家老多胡真清の他三兄弟で、以後も多胡家は代々藩主を助け、城下町の整備と産業の育成に辣腕を振るいます。今も町内に残る段々畑は…
- 山口・防府エリア

児玉源太郎墓
【施設概要】児玉源太郎は、長州藩の支藩・徳山藩出身の陸軍軍人。 陸軍大学校長、台湾総督、陸相などを歴任した後、日露戦争では満州軍参謀長として全力を尽くして作戦指導にあたり、戦後まもなくの明治39年に、あたかも力尽きたかのように亡くなりました。 はじ…
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やげん谷一里塚








