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英雲荘で檜皮葺コースター・アートフレーム作り体験 ~英雲荘…
英雲荘や山口市・五重塔の屋根に使われている<檜皮葺の屋根葺き>を英雲荘で疑似体験します。檜皮葺と同じピッチで7段ほど檜皮を貼り付けます。コースターにするため、皮の厚みを考慮し高さ調節します。皮の表裏の色の違いを生かしたパターンにするなど、個人の好み…
- 山口・防府エリア

大田・絵堂戦跡記念碑
慶応元年(1865)1月、美東町の大田・絵堂を主戦地として、保守派の藩政府軍と、諸隊との戦いが始まりました。下関の功山寺で決起した高杉晋作に呼応した諸隊と、鎮圧しようとした藩政府軍とが対峙し、10日間の交戦で諸隊が勝利しました。現在、呑水、絵堂、川上の戦…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大内氏遺跡附凌雲寺跡

井上馨遭難の碑

赤禰武人処刑場の碑

難攻不落の七尾城跡めぐり
中世益田の栄華を築いた益田氏の要塞をたどる
日本遺産ガイドと一緒に城下町を散策した後、難攻不落の七尾城跡を散策します。中世の益田氏の歴史を探訪するほか、七尾城の防衛についても実際に監事ながら、大自然の山城歩きを楽しめます。
- 萩・長門エリア

上関砲台跡(室津日和山、長島東山)
吉田松陰も訪れた、上関海峡の両端に備えられた江戸末期の砲台
江戸末期、毛利藩は外敵からの防衛の為に要所に砲台を築造。上関海峡の両端(室津日和山、長島瀬戸東山)の丘にも砲台が築かれ大砲が備え付けられました。嘉永6年(1853)2月に吉田松陰が江戸へ行く途中、室津の日和山の砲台場を見学しました。慶応二年(1866年)四境…
- 岩国・柳井・周南エリア

旧小野田セメント製造株式会社竪窯
日本に完存する唯一のセメント焼成用竪窯
【全体概要】旧小野田セメント製造株式会社竪窯は、わが国最初のセメント焼成窯です。高さ9.6メートル、煉瓦を積み上げて作った竪窯で徳利の形に似ていることから、徳利窯(とっくりがま)と呼ばれています。国重要文化財。(平成16年12月10日指定)
- 下関・秋吉台・宇部エリア

佐波川関水
【みどころ】1186年(文治2)、東大寺を建て直す役割を担った俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)は、佐波郡の山で木を切りだし、佐波川をつかって海まで流し、奈良へと送りました。このとき、川底が浅く木を流しにくいところでは、川をせきとめて水位をあげ、 …
- 山口・防府エリア

嘉楽園
嘉楽園は、旧藩主亀井氏の藩邸の庭園の一部で、初代養老館学頭の山口景徳によって名づけられました。物見櫓、馬場先櫓が残り、旧藩邸の面影を伝えています。春は桜が美しく、名所として知られいます。また、秋にはイチョウを楽しむことができます。
- 山口・防府エリア

岸見の石風呂
岸見の石風呂は、東大寺再建の用材を切り出した時の遺跡で、人夫の保養のため重源上人によって作られたものです。地元の花崗岩石を積み上げた幅4.4m、奥行3.6m、高さ1.8mの石室からなり、土間には石が敷きつめられており、石室は木造茅葺きの覆屋により保護されて…
- 山口・防府エリア

旦の登り窯
ノスタルジーに浸る窯跡
【全体概要】日本舎密(せいみ)製造株式会社(現:日産化学工業)の製造する硫酸などを運ぶための容器を、明治26年から旦の製陶所で生産していました。旦の登り窯は、その当時の窯跡です。また、生産された瓶は「硫酸瓶」と呼ばれています。幅7.5m、煙突の高さ12.3m…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

久賀の石風呂
久賀の石風呂は、西日本最古の石積式蒸風呂で、構造は、地元の花崗岩石を積み上げて石室を築き、内部は粘土で厚く塗り、土間はたたき固めになっています。石室の大きさは、幅 5.4m、奥行4.6m、高さ2.5m、一度に17人入れるこの地方では最大規模のものとして知られ、…
- 岩国・柳井・周南エリア

金麗社
祭神は菅原道真、旧称天満宮。1865年、藩政府軍と諸隊が大田・絵堂で戦った際に、諸隊の本陣が置かれたところです。境内には、その時の戦利品や多くの石碑があります。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

三田尻御舟倉跡
毛利水軍の根拠地で往時をしのぶ
三田尻の御舟倉は、萩藩の水軍の根拠地でした。藩主の御座船や軍船が常置され、船の建造や修理も行われました。また周辺には関係者の住宅があり、それにちなんだ地名が今日も残っています。現在では通堀、これに通じる船入水路の一部を残すのみです。また、下関の功山…
- 山口・防府エリア

四境の役砲撃戦跡

福原史跡公園
宇部の領主福原家は毛利藩の永代家老として、萩堀内の屋敷に暮らし、宇部の邸は御田屋(おたや:遠方の田地を経営するために設けた建物)と呼ばれていました。1976年(昭和51年)、市の史跡公園として開放された園内には、井戸跡、屋敷神、樹木が残存しています。表門…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

萩往還(防府)
萩往還は、慶長9年(1604)の萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ直線で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、全長およそ53キロメートルの街道。近世の民衆や維新の志士たちの交通路として重要な役割を果たしてきた古道です。防府市内の関連の遺跡として…
- 山口・防府エリア

脱隊諸士招魂の碑
脱退諸士を慰霊する招魂碑
1869(明治2)年、藩政府は奇兵隊を含む諸隊を再編する兵制改革を行いました。これを不服とした約2千人の隊士が内乱を起こし、鎮圧され、首謀者らはこの地で処刑斬首されました。その霊を弔うため招魂碑が建てられました。
- 山口・防府エリア

乙女峠 マリア聖堂
キリシタン殉教の悲話を伝える、聖母マリアが降臨の聖地
キリスト教が厳禁だった明治初期に長崎浦上から多くの隠れキリシタンが流人として送られ、殉教した信者は37人にも及びました。マリア聖堂は、殉教者を追悼するため昭和26年に建立され、聖堂内のステンドグラスには殉教物語が描かれています。また、聖母マリアが降臨さ…
- 山口・防府エリア








