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高山(磁石石)
【全体概要】標高532.8mの頂上付近には、石英はん粉岩があり、強力な磁性を有しています。古くから磁石石として名高く、磁針の方向を変えさせることで知られており、国の天然記念物に指定されています。全国でも珍しいものです。
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落合の石橋
長さ2.4m、幅1.7m。石組みの川岸から川に張り出させた大きな石を橋げたにして、上に板状の石を載せた県内特有の工法で、江戸後期のものと思われます。萩往還の途上にあります。
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阿武川
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阿武川ダム(阿武湖)
県営として国内でも有数の規模を誇るダム。阿武湖はバス釣りの…
阿武川中流に位置し、総貯水量1億5千万トンの全国的にも珍しい重力式アーチダムです。広さ4平方kmの人造湖は、県営ダムとしては国内有数の規模を誇ります。ダム周辺は公園が整備され、近くには阿武川温泉公園や阿武川歴史民俗資料館があります。ダム上流の阿武湖は…
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はぎまえ698合同会社(はぎのふぐさばき・料理体験)
ぷりぷり食感と深いコクが絶品!
良質なふぐの漁場として知られる山口県近海。下関のイメージが強いふぐですが、実は下関にあがる天然ふぐの大半は萩で漁獲したものだといわれています。なかでも真ふぐの水揚げ量は全国一!味はトラフグにも匹敵する真ふぐ。身の色は淡く飴色がかり、すべて天然物とい…
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橋本川桜並木
川島~河添の河川敷沿いは、約2kmが春になると桜の花が満開になります。橋本川の桜並木は萩八景遊覧船から見ることもできます。萩城跡横の指月橋をスタートとするこの遊覧船は約40分のコースだが、桜の開花時期には、時間を延長して桜観賞コースを運行しています。&nb…
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江戸屋横町
維新の三傑 木戸孝允旧宅、高杉晋作・伊藤博文ゆかりの円政寺…
黒板塀の風情ある横町。碁盤目状に区画された萩城下町には、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていました。現在でも町筋はそのままに残り、往時の面影をとどめています。東西にのびる表通りの御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、御成道…
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楫取素彦旧宅地
楫取素彦は1829年(文政12)、萩藩医松島瑞璠の次男として萩に生まれ、初め伊之助と称した。兄に洋学者の松島剛蔵がおり、12 歳の時に萩藩の儒者小田村吉平の養子となった。藩校明倫館で教授し、のち吉田松陰の妹寿と結婚して、松下村塾でも指導にあたった。四境戦争…
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松浦松洞誕生地
【全体概要】松浦松洞(亀太郎)は、幼い頃から絵が得意で、京都の小田海僊に画法を学んだ。安政3年(1856)、20歳で松下村塾に入塾し、松陰が江戸に送られる直前に肖像画を描きました。文久2年(1862)、久坂玄瑞らとともに上京。公武合体論を主張する長井雅楽の暗殺…
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虎ヶ崎

桂太郎旧宅
内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…
現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…
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旧湯川家屋敷
藍場川沿いにある情緒あふれる武家屋敷
藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られた…
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旧萩藩御船倉
藩主の御座船や軍船を格納した御船倉
藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納した船倉で、浜崎重要伝統的建造物群保存地区に位置しています。明治以後の埋め立てにより、現在は河岸から離れたところに位置していますが、往時は松本川に面して船が自由に出入り出来る場所でした。屋根を葺いた旧藩時代の船倉…
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平安橋

萩焼資料館

見島のカメ生息地
【全体概要】日本海に浮かぶ見島は、約6万~1万年前、地球の全体が寒くなって海面が低下したときは本州と陸続きでした。その後暖かくなり、海面が上昇して島となったもので、これらのカメそのものは本州の各地に生息しており、珍しい動物ではないが、見島が本州と陸続…
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明倫館遺構聖廟(海潮寺)

唐樋札場跡(萩往還)
萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。
- 萩・長門エリア

民謡「男なら」
幕末に、長州藩の武士は海防のため下関に総出していたため、萩の老若婦女子が菊ケ浜に台場を築きました。その時、士気を鼓舞するため歌ったのが民謡「男なら」です。
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山田顕義誕生地(顕義園)
【全体概要】山田顕義は、1844年(弘化元年)に萩藩士山田七兵衛の長男として生まれ、14歳の時に松下村塾に入門した。吉田松陰にとっては最年少の門下生だったらしい。戊辰戦争で大きな功績を残し、明治に入ってからは佐賀の乱、西南戦争の鎮静に尽力。その後、日本の…
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