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伊勢屋横町
呉服商 伊勢屋のあった絹機屋町などとも呼ばれた横町
碁盤目状に区画された萩城下町には、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていました。現在でも町筋はそのままに残り、往時の面影をとどめています。東西にのびる表通りの御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、御成道から南へ入る3つの横町…
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旧萩藩御船倉
藩主の御座船や軍船を格納した御船倉
藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納した船倉で、浜崎重要伝統的建造物群保存地区に位置しています。明治以後の埋め立てにより、現在は河岸から離れたところに位置していますが、往時は松本川に面して船が自由に出入り出来る場所でした。屋根を葺いた旧藩時代の船倉…
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須佐ホルンフェルス周辺つわぶき
荒波の側で一面につわぶきの花が咲く
ホルンフェルス周辺には、たくさんのつわぶきが自生しています。10月中旬から11月にかけて、黄色い花が一面に咲きます。
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見島牛
見島は萩の北西方44.3kmにある周囲18kmの孤島。この島で古くから飼育されている見島牛は、一般的に飼育されている黒毛和牛と比較すると体格は小さく、毛色はかすかに褐色がかった黒色で、発育は遅く、成熟には5年以上を要します。性質は極めて温順で、病気にも強く、…
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萩焼資料館

常念寺表門
【全体概要】常念寺の境内にある表門は、ひかえ柱をもった桁行3.66m、梁間3.12mの四脚門で、切妻造り本瓦葺きで、両袖にくぐり戸がついています。寺伝によれば、この門は、もと京都聚楽第にあった裏門とされ、これを豊臣秀吉から毛利輝元がもらい受けて伏見の自邸に…
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唐樋札場跡(萩往還)
萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。
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萩焼古窯跡群
【全体概要】江戸時代初期、萩藩主である毛利家は、文禄・慶長の役(1592~98)で連れ帰った朝鮮人陶工に命じて松本村中の倉(現萩市椿東)に御用窯を開きました。御用窯はそののち大津郡深川村三ノ瀬(そうのせ・現長門市湯本)にも分かれたため、それぞれの窯品を「松…
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つばきの館
日本海を目の前に、越ケ浜のおふくろの味が楽しめる
地元・越ケ浜の漁協婦人部がつくる、”おふくろの味”が自慢の食事処で、味はもちろんボリューム満点の定食が有名。笠山虎ヶ先の椿群生林の入り口にあり、快晴の日は、日本海を望む絶景を間近に見ることもできる。あまだいの煮付けやサザエの炊き込みご飯が…
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善福寺
室町時代に創建された寺。幕末の志士や著名な絵師の墓が残る
指月山善福寺は永享年間(1429~40)に指月山麓に創建された臨済宗の寺院で、毛利輝元の萩城築城のため、この地に移されました。天文19年(1550)大内義隆が寺領を保証した文書は「萩」の地名が書かれた最古の資料といわれています。竿の部分に人の形をした像が彫られ…
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屏風岩

熊谷美術館
熊谷家の土蔵3棟を改造した美術館には、熊谷家代々の当主が収集した美術品が展示してあります。主な展示品は、雪舟三幅対など書画屏風類、茶道具類、装飾用品のほか、文書資料約500点。特に、長崎において親交のあったドイツ人医師シーボルトから贈られた日本最古…
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見島ジーコンボ古墳群
国境警備の武人の墓所・国指定史跡
萩市見島の東南部海岸一帯の小石の海浜に、比較的大きい玄武岩を用いて造られた 200基近い積石塚の密集した群集墳。7世紀後半から10世紀初頭にかけて造られたと推定され、新羅(しらぎ)の侵入に備えて見島に駐留していた武人の墓といわれています。ジーコンボとは、…
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鹿背隧道
【全体概要】幅4.2m、延長180m、高さ3.8m 県内初の石巻工法によるもの。明治15年着工の県道小郡萩線にあります(現県道とは違う)。藩庁移転後の萩の回生への期待がこめられた隧道で、山口県下最初の石造洋風隧道として記録されています。130年近く経過しています…
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北長門海岸
奇岩、砂浜等の景勝地です。山口県北端の須佐湾から萩市を経て油谷町に至る約90㎞の日本海の海岸一帯が公園になっています。隆起と沈降を繰り返したため、海岸線は屈曲に富み、海食景観が見ものです。須佐湾は複雑な湾入と小さな島々が散在する美しい風景を現しており…
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【このイベントは終了しました】萩博物館20周年記念企画展 …
国内屈指のコレクターが生涯をかけて集めた幕末維新期の資料が…
日本屈指の科学技術史資料コレクターである故・小川忠文氏がおよそ60年にわたって蒐集した数多くの資料の中から、幕末維新に関係する資料を厳選して展示します。おがわ是苦集(小川コレクション)には、現在、萩・明倫学舎幕末ミュージアムに展示している化学技術史…
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木間菖蒲園
休耕田に広がる色とりどりのハナショウブ
木間地域活性化センター裏にある約10アールの休耕田で、紫やピンク、白など約20種約600株のハナショウブが6月中旬~6月下旬頃に見事に咲き誇ります。木間の美しい田園風景と美しいハナショウブをゆっくりと楽しめる空間です。
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田万川キャンプ場
田万川キャンプ場は、道の駅「ゆとりパークたまがわ」のそばに位置する、自然の地形を生かしたキャンプ場です。(炊事棟、トイレ、休憩所、駐車場あり)田万川温泉「憩いの湯」や瀬越海水浴場にも近く、買い物・温泉・海水浴を楽しむことができます。駐車場内では「RVパ…
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楫取素彦旧宅地
楫取素彦は1829年(文政12)、萩藩医松島瑞璠の次男として萩に生まれ、初め伊之助と称した。兄に洋学者の松島剛蔵がおり、12 歳の時に萩藩の儒者小田村吉平の養子となった。藩校明倫館で教授し、のち吉田松陰の妹寿と結婚して、松下村塾でも指導にあたった。四境戦争…
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松浦松洞誕生地
【全体概要】松浦松洞(亀太郎)は、幼い頃から絵が得意で、京都の小田海僊に画法を学んだ。安政3年(1856)、20歳で松下村塾に入塾し、松陰が江戸に送られる直前に肖像画を描きました。文久2年(1862)、久坂玄瑞らとともに上京。公武合体論を主張する長井雅楽の暗殺…
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