条件指定検索
- カテゴリを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
- 現在の検索条件
- 山口市
検索結果
- 並び順
- アクセス数順
- 更新順
- 現在地から近い順
- 表示切り替え
- タイル
- リスト
- マップ
野谷の石風呂
1186年(文治2)ころ、俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が東大寺を建て直すための役割を担い、佐波郡の山中から多くの建築用材を奈良に送る仕事をしました。野谷の石風呂は、作業をする人たちの病気治療のために重源がつくった施設の一つです。石風呂は石を…
- 山口・防府エリア

岸見の石風呂
岸見の石風呂は、東大寺再建の用材を切り出した時の遺跡で、人夫の保養のため重源上人によって作られたものです。地元の花崗岩石を積み上げた幅4.4m、奥行3.6m、高さ1.8mの石室からなり、土間には石が敷きつめられており、石室は木造茅葺きの覆屋により保護されて…
- 山口・防府エリア

維新策源地ウォーク
維新策源地やまぐちの街歩きをしませんか?
1863年、萩から藩庁が移鎮してきた山口には、政事堂や藩の教育機関が移され、多くの志士達も集まりました。このツアーでは、明治維新を支えた「維新策源地やまぐち」を語り部と一緒に歩きます。【コース】香山公園観光案内所⇒国宝瑠璃光寺五重塔⇒枕流亭・露…
- 山口・防府エリア

山口市小郡文化資料館
俳人種田山頭火と郷土の誇る彫刻家河内山賢祐をはじめ、生活文化・ふるさと文化資料を展示しています。また、ギャラリーも設けられており、団体、又は個人の作品発表の場として広く開放されています。
- 山口・防府エリア

豊久丸の墓
大内義弘死後の弟の盛見は、自分の子豊久丸を水死させ、世子持世を立て後見人となりました。水死体が湛尻の岸に上がったので、有縁の地として妙湛寺を建て祭りました。
- 山口・防府エリア

六軒茶屋跡(萩往還)
萩往還は、慶長9年(1607)萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ最短で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、延長52.7キロメートルの街道です。萩往還には旅人の休憩の場として茶屋が所々に設けられていました。その茶屋の中で、萩往還最大の難所、一の坂に…
- 山口・防府エリア

大林寺

御茶屋臨野堂跡

豊栄神社
野田神社の隣にある、毛利元就を祀る神社
豊栄神社は毛利元就を祀る神社で、防長移封後、孫の輝元が広島から萩へ居城を移した際に元就の霊を春日神社内に祀ったのを始まりとしています。その後、神霊は萩城内に移されたとされていましたが、明治に入って山口に移されました。豊栄の神号は朝廷から賜ったもので…
- 山口・防府エリア

常徳寺庭園
庭園は常徳寺境内の東側にあり、室町時代後期ごろに築かれた池や水を観賞する庭園です。庭につくった小川、滝に似せた石組み、池の中島などがよい状態で残っています。
- 山口・防府エリア

仁壁神社

井上馨遭難の碑

棯畑のノハナショウブ自生地
山口市棯畑の山中、標高約380mの湿地帯にあるノハナショウブ自生地です。ノハナショウブはハナショウブの野生の品種で、アヤメ科の多年草植物。平地のハナショウブの名所と比べ、見頃はやや遅めの6月中旬頃です。県指定天然記念物であり、自生地の周囲は柵で囲まれて…
- 山口・防府エリア

萩往還(山口)
萩往還は、慶長9年(1604)の萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ直線で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、全長およそ53キロメートルの街道。近世の民衆や維新の志士たちの交通路としても重要な役割を果たしてきた古道です。山口市内の関連の遺跡として…
- 山口・防府エリア

井上馨の墓
長州ファイブの1人 井上馨
井上は長州藩士井上家の次男として天保6年(1835)に湯田で生まれ、大正4年(1915)東京で亡くなりました。のちに分霊が洞春寺に祀られました。洞春寺は、永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在…
- 山口・防府エリア

乗福寺
乗福寺は臨済宗の古寺で、大内氏22代重弘が開いたお寺です。元応2年(1320)3月6日重弘が死亡したため、本寺に葬り菩提寺となりました。寺運の盛んな時は、塔頭36字、末寺88箇所あったといわれますが、大内氏滅亡とともに衰廃しました。今の寺は塔頭の正寿院を転じ…
- 山口・防府エリア

雨田草堂

東鳳翩山ハイキングコース
- 山口・防府エリア

秋穂霊場八十八ケ所
国内最古と伝えられる写し四国
この霊場は天明3年(1783年)、約230年前に遍明院第八世の性海法印(住職)が四国八十八ヶ所を巡拝して、各札所の護符と土砂を秋穂に大切に持ち帰り、秋穂各地に祀り、祈願し、その場所を「秋穂霊場札所」としたのが始まりです。四国八十八ヶ所の写し霊場「写し四国」とし…
- 山口・防府エリア

山田顕義旧宅跡








