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明倫館遺構聖廟(海潮寺)

広沢寺
山号は万年山、曹洞宗のお寺で、本尊は薬師如来です。この寺は大内氏26代盛見の子教幸の菩提寺で、文明年間(1470頃)の創建です。はじめ山口古熊にありましたが、明治3年現在の地に移ってきました。
- 山口・防府エリア

大林寺

安部家本陣跡
安部半右衛門宅は山口の脇本陣として、毛利藩主一族の宿所にも使用されていました。小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通らが山口に来た際、ここに泊まっています。
- 山口・防府エリア

旧上関番所
番所とは、江戸時代に、萩藩が国境または海陸の要衝に設けた見張り所で、地域の警備や港湾で扱う積荷の検閲など行う役人の詰め所です。鬼瓦には萩毛利家家紋がついています。この上関番所は、はじめ長島の四代(しだい)に1632年(寛永9)に設置されていたものを、利…
- 岩国・柳井・周南エリア

飯山八幡宮
飯山八幡宮は東深川藤中(ふんじゅう)にある古社。奈良時代に湊の浜にまつられ、平安時代初期に現在地に移されたと伝えられています。社殿は室町時代の中期、大内氏の氏族で長門深川城主であった鷲頭弘忠が造営したものです。幕末から明治にかけて活躍した郷土の日本…
- 萩・長門エリア

仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)
【全体概要】毛利家ゆかりの寺で、文殊堂に木造文殊菩薩騎獅像が安置されています。像は、県の文化財に指定されており、ヒノキ材の寄木造りで、像高は94cm、下方の獅子座などすべてを加えた高さは198.5cmです。
- 萩・長門エリア

国登録有形文化財 旧市長公舎
和と洋が融合した大正時代の建築物
大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…
- 岩国・柳井・周南エリア

厚狭毛利家墓所
厚狭毛利家一族が眠る場所
【全体概要】郡、船木に八千余石を領した毛利元康以降13代及びその一族の墓所。洞玄寺裏山にあり、毛利勅子(徳基高女の開創者)の墓もならんでいます。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

木戸孝允旧邸跡

彦根戦死士之墓

小川家長屋門
【全体概要】小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士。安政の初期, またはそれ以前の建築といわれ、扉の金具、出格子の細部など優れたもので、当時の武士の生活様式を知ることができます。
- 萩・長門エリア

八幡隊結成の地
八幡隊は文久3年(1863)9月に堀真五郎を初代総督として八幡馬場で結成された隊です。総督には当初、久坂玄瑞が推されましたが、自由な身の振りを求めて辞退し、代わりに堀真五郎を就かせました。
- 山口・防府エリア

福田侠平の墓
福田侠平は山県有朋とともに奇兵隊の軍監を務め、高杉晋作や、他の隊士の信頼も厚かったと伝えられています。お墓は本人の希望により東行庵の高杉晋作の横にもありますが、ここには遺髪が埋められています。近隣の北辰妙見社には位牌が祀られています。
- 山口・防府エリア

十二代豊田種長追善供養板碑
一ノ瀬にある長願寺跡の境内には、豊田氏累代の墓地があり、種長の板碑があります。地上9尺、幅4尺5寸、厚さ8寸で、梵字と種長御霊観応3年(1352)壬辰十月十八日と刻まれています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

星の塔

嘉楽園
嘉楽園は、旧藩主亀井氏の藩邸の庭園の一部で、初代養老館学頭の山口景徳によって名づけられました。物見櫓、馬場先櫓が残り、旧藩邸の面影を伝えています。春は桜が美しく、名所として知られいます。また、秋にはイチョウを楽しむことができます。
- 山口・防府エリア

法輪寺

四境の役大島口戦跡碑

中郷遺跡
- 山口・防府エリア








