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阿川毛利氏墓所

池田屋事変殉難志士之墓
【全体概要】吉田稔麿など池田屋事変(元治元(1864)年)の殉難志士が埋葬されている。
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籌勝院
【全体概要】長州軍は、第二次征長軍からの攻撃に備え、遊撃隊を主力として小瀬村に駐屯させた。籌勝院はその際、遊撃隊の本陣がおかれた場所である。慶応2年(1866)6月14日未明に開戦された芸州口の戦いで彦根藩を中心とする征長軍の主力部隊に対し大勝。境内には…
- 岩国・柳井・周南エリア

仁保の上古墳
有帆川の右岸、別所山尾根の突端、大字有帆字法師田にある横穴式古墳で、築造年代は6世紀末であると考えられる。墳丘は自然流失して損壊し、玄室のみとなっており、玄室の規模は直径2.06mで、須恵器片2個を出土している。市指定文化財。(昭和59年3月1日指定)
- 下関・秋吉台・宇部エリア

赤祢武人墓所
柱島の西栄寺にある奇兵隊第三代総督赤祢武人墓所。柱島の医師の子として生まれた赤祢武人は、松下村塾で吉田松陰に学び、後に奇兵隊の第三代総督を務める。しかし、当時藩政を主導していた俗論派と正義派諸隊の調停を図ったことで二重スパイとして疑われることになる…
- 岩国・柳井・周南エリア

長寿寺(十三重塔)
【全体概要】十三塔は、“抜け寺”の名で親しまれる長寿寺本堂に向かって左側にあり、花崗岩製で相輪は失っているが、他は当初のまま残っています。高さは相輪を除き5.45mあり、実に堂々とした石塔です。下層の軒の一辺は1.17m、最上層の軒の一辺は0.75m…
- 萩・長門エリア

彦根戦死士之墓

三渡八幡宮
三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…
- 山口・防府エリア

住吉神社の石造燈台
海上交通の安全を見守る「萩往還」関連史跡
萩藩の水軍の本拠地である御舟倉へ続く入川(いりかわ)の河口に、海上交通の安全を祈願するために、ささやかな祠が建てられ住吉大明神が祭られていたが、水軍の船頭らの願い出で、正徳(しょうとく)5年(1715)、住吉神社が創建されました。石造燈台は、その境内地に…
- 山口・防府エリア

来嶋又兵衛像
【全体概要】現在の厚保小学校のプールの場所に来嶋又兵衛の家がありました。彼の妻は、厚保村(美祢市西厚保町本郷)の酒造家で永代大庄屋格来嶋清三郎の長女のタケです。結婚1年後には、妻の実家である来嶋清三郎宅横に家を新築して、ここに転居してきました。 元…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

菊舎尼の句碑(徳応寺)
長府金屋町の商店街のはずれに徳応寺があり、この入口左側に、女流俳人田上菊舎の墓と句碑があります。菊舎は加賀の千代女と並び称される女流俳人です。句碑は、文政5年(1819)故郷長府に落ち着いた時に建てられたもので、旅中に受け取った父母からの手紙を碑の下に…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

岡崎八幡宮のクスノキの大樹
岡崎八幡宮は、船木地区の鎮守で、船木地区が一望できるように西に向かって建てられています。境内のクスノキは、高さは約20メートル、幹周囲は4.4メートルで樹齢は約700年から800年と推定されます。クスノキの巨木に寄生するキセル貝は、潮の干満につれて幹を上下す…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

花尾八幡宮(ガラス絵 泰西風景図・長崎港図)
山口市徳地島地の花尾八幡宮は、県の文化財に指定されているガラス絵を所蔵しています。「泰西風景図」は、ヨーロッパの海辺の風景で、海には帆船やボートがうかび、海洋には民家や人物、樹木が描かれており、「長崎玉木官平一源画」と画家の署名があります。「長崎港…
- 山口・防府エリア

志都岐山神社
【全体概要】萩城跡の中央高台に、本殿・幣殿・拝殿などがたっています。また、この神社のミドリヨシノは、県の天然記念物に指定されています。2015年7月に世界遺産に登録された萩城下町の城跡内にあります。
- 萩・長門エリア

花岡勘場跡地
花岡勘場跡地は、萩藩創建期の頃に設置された都濃宰判(代官所)の跡地です。代官は年3回春秋冬に萩から出張して重要な決裁を行っていました。日頃は大庄屋が出勤して代官の代わりを務めていたといいます。付近には、御茶屋(本陣)・御番所・高札場などがあり、花岡…
- 岩国・柳井・周南エリア

梶栗浜遺跡
梶栗浜遺跡は、下関市安岡梶栗浜にある弥生時代の墓地遺跡。発掘調査により、ここから鏡、銅剣、土器などの遺物が出土したが、そのうちの青銅器は、我が国の遺跡から発見された例が少ない朝鮮古代のものであることがわかっています。出土品は、下関市立考古博物館に保…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

堀川南蛮樋
干拓地を造るために建造
この樋門の特徴は、それまでの唐樋と違い、ロクロの心棒部分と樋門の樋蓋を縄でむすび、鉄製のハンドルを回すことで、樋蓋を上下させることで樋門を開閉させる当時のオランダ最新技術を使ったところです。南蛮渡来の技術を使った樋門ということで「南蛮樋」(またはナ…
- 岩国・柳井・周南エリア

植松古墳公園
- 下関・秋吉台・宇部エリア

長門鋳銭所跡
長門鋳銭所跡は、覚苑寺境内一帯と考えられ、奈良・平安時代に銭貨の鋳造を行った所です。長門国衙に付設され、その開設は和同年間(708~715)で、史跡地内からは、708年(和銅1)から鋳造が開始された貨幣である和同開珎1枚と、それを作ったときの型、るつぼや鞴口な…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

蛤御門
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)で長州藩は御所に発砲した罪で朝敵となってしまう。現在の蛤御門には、当時のものと思われる弾痕が残っており、戦いの激しさを見ることができる。
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