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鷲原八幡宮
鎌倉時代に城の守護神として城山の南西麓に創建された八幡宮は、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して社殿が建立されました。鶴岡八幡宮のものを模したという全長270mの広大な流鏑馬(やぶさめ)馬場は、日本でただ一つ原型を残す横馬場形式で、貴重な文化財です。春に行われる…
- 山口・防府エリア

冠念寺

花尾八幡宮(ガラス絵 泰西風景図・長崎港図)
山口市徳地島地の花尾八幡宮は、県の文化財に指定されているガラス絵を所蔵しています。「泰西風景図」は、ヨーロッパの海辺の風景で、海には帆船やボートがうかび、海洋には民家や人物、樹木が描かれており、「長崎玉木官平一源画」と画家の署名があります。「長崎港…
- 山口・防府エリア

多賀社
標高330m、多賀山の山上に鎮座するイザナギノ尊とイザナミノ尊を祭り、 近江国多賀神社の分霊を勧請す、と伝えられています。延命の神様として広く知られ、多くの参拝者が訪れます。山頂からの眺望もすばらしく、ハイキングコースに最適です。駐車場手前の西側に2本の…
- 岩国・柳井・周南エリア

常念寺表門
【全体概要】常念寺の境内にある表門は、ひかえ柱をもった桁行3.66m、梁間3.12mの四脚門で、切妻造り本瓦葺きで、両袖にくぐり戸がついています。寺伝によれば、この門は、もと京都聚楽第にあった裏門とされ、これを豊臣秀吉から毛利輝元がもらい受けて伏見の自邸に…
- 萩・長門エリア

円龍寺

龍雲寺
【全体概要】応永15年(1408)に創建された臨済宗の古刹。龍頭苑,白水苑,大望園と樹姿,配石の妙を得た三庭がある。境内には知恵を授かる文珠堂もある。
- 岩国・柳井・周南エリア

円応寺
昔話「三年寝太郎」の寝太郎伝説が今も伝わる
ものぐさで毎日寝てばかりいた若者の話寝太郎伝説が今も伝わる当地には,寝太郎権現のお社と,500年前のものともいわれる「寝太郎稲荷木像」がある。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

江龍寺

鮎原剣神社

大友大権現
村上家の家老大野友之丞は罪を得て斬首され,現地に堂が建てられ大友権現として祀られた。以後,首から上の病気を治して下さるという霊験があるといわれ近郷からの参詣人が絶えない。
- 岩国・柳井・周南エリア

三渡八幡宮
三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…
- 山口・防府エリア

仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)
【全体概要】毛利家ゆかりの寺で、文殊堂に木造文殊菩薩騎獅像が安置されています。像は、県の文化財に指定されており、ヒノキ材の寄木造りで、像高は94cm、下方の獅子座などすべてを加えた高さは198.5cmです。
- 萩・長門エリア

鶴ヶ嶺八幡宮
仲哀天皇、神宮皇后、応神天皇、比売大神を祭神とし、547年(天文16)この地に建てられたといわれています。境内には、樹齢300年余りを経た大杉や大松がそそりたち、森厳な雰囲気を漂わせています。社殿に近い西側前方にあるクスノキは、目通り7.9m、高さ27m、幹は地…
- 萩・長門エリア

専福寺
慶応2年、長州藩諸隊の1つである第2奇兵隊が石城山の神護寺から専福寺に本陣を移し、四境の役には大島口に出撃して奮戦した。「第二奇兵隊波野陣屋井泉遺跡、岸信介書」の碑があります。里謡に、「波野の専福寺にゃ 不思議がござる 海がないのに 鯛(隊)がすむ…
- 岩国・柳井・周南エリア

常関寺
寛永5年(1628)、領主山内広通により建立。幕末期、奇兵隊の病院が置かれたところで、隊士8名の墓があります。本堂の背後に釈迦如来を中心に左右に文殊・普腎の二菩薩があり、そのまわりに表情豊かな16羅漢像が並んでいます。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

長寿寺

大陽寺
【全体概要】貞享3年5月(1347)に曹洞宗水上山「大陽寺」として開基、安永年間(1771~1781)に再建、現在に至ります。「大陽寺の七不思議」(下記)、「雷の恩返し」の伝説がある寺です。(1)どんなひでりでも雷の水は絶えることがない。(2)山内では、きじや…
- 岩国・柳井・周南エリア

上善寺
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)に際し自刃した松陰門下の四天王の一人「入江九一」他7名は、越前藩の菩提寺であった上善寺に葬られている。
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北向地蔵尊
病気回復や進学、縁結びに御利益があると言われています。明治の頃市外に住む重病人が祈祷をする人に「片倉の高台の北に向いたお地蔵様に祈願すれば全快は疑いなし」と教えられ願かけし、満願の日に全快。これが由縁です。線香の煙を患部に当てると良いとされ例祭には…
- 下関・秋吉台・宇部エリア








