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養専寺
- 岩国・柳井・周南エリア

鷲原八幡宮
鎌倉時代に城の守護神として城山の南西麓に創建された八幡宮は、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して社殿が建立されました。鶴岡八幡宮のものを模したという全長270mの広大な流鏑馬(やぶさめ)馬場は、日本でただ一つ原型を残す横馬場形式で、貴重な文化財です。春に行われる…
- 山口・防府エリア

岩崎寺
平安時代中期~鎌倉時代初期の仏像が安置
【全体概要】「注進案」によれば坂上田村麻呂の創建、本尊は弘法大師作。境内の観音堂には、1年に1度だけ開帳される千手観音や釈迦如来など藤原期の仏像7駆が安置されています。県指定文化財。(昭和58年4月5日指定)
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大梅山通化寺
明治維新四境戦で活躍した遊撃軍や,維新団の屯所がおかれたところ。境内には雪舟の作といわれている庭があり,桜,新緑,つつじ,紅葉などが四季を彩っている。慶応元年(1865)より、幕軍による征長に備え東境の守りの要として遊撃隊の本陣がおかれた。境内には、高…
- 岩国・柳井・周南エリア

法積寺
本堂は、正面の御拝口が取り除かれ、男女別の入り口が設けられている珍しい寺です。県内では蓮寺としても有名で、6月下旬から8月下旬にかけて、ピンクや白の花を咲かせます。境内の50余種を数える花蓮の中には天然記念物もあります。
- 萩・長門エリア

乗福寺
乗福寺は臨済宗の古寺で、大内氏22代重弘が開いたお寺です。元応2年(1320)3月6日重弘が死亡したため、本寺に葬り菩提寺となりました。寺運の盛んな時は、塔頭36字、末寺88箇所あったといわれますが、大内氏滅亡とともに衰廃しました。今の寺は塔頭の正寿院を転じ…
- 山口・防府エリア

周防嫁いらず観音
【全体概要】嫁いらず観音は、徳川時代初期に周防一帯の観音信仰に厚い豪商や豪農が奇進したもの。いつの頃からか、薬師堂左手の竹藪の中にある二体は、老後の無病息災と家族の手数を煩わすことなく極楽往生を叫えてくれる霊験で、一体を「嫁いらず観音」一体を「ぼけ…
- 岩国・柳井・周南エリア

朝倉八幡宮

高松八幡宮
麻郷の高松山の鎮守の杜
麻郷の高松山の鎮守の杜とする、由緒深い氏神社です。創建以来麻郷、麻里府、伊保木三村の総鎮守、氏神として崇敬されてきましたが、寛政8年(1796)に伊保木村は当宮より御分霊を勧請し磯辺八幡宮を創祀したことにより、その後、麻郷、麻里府両村の氏神社として今日…
- 岩国・柳井・周南エリア

西方寺
龍池山紫雲院西方寺は慶長年間長誉貞龍上人が堂を建て、このときから知恩院直末となりました。寛文年間、毛利綱広公より本堂再建のための松の木百本、毛利家家紋入り提灯が贈られた。幕末の動乱期の元治元年(一八六四)には、高杉晋作が結成した奇兵隊をはじめとした…
- 岩国・柳井・周南エリア

専光寺
長州藩、海路通行の幕府役人など貴賓の接待所に使った寺で、幕末の1865年、この寺を本拠にして周防部の諸隊が決起し、振武隊となり、後に第二奇兵隊と改称しました。
- 岩国・柳井・周南エリア

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

降松神社
降松(くだまつ)神社は、今から一四〇〇年以上前 推古天皇の時代に創建されてより、時代を経て今の鷲頭山に建立され皆様方を見守り続けてきました。鷲頭山山頂に上宮(じょうぐう)、その下に中宮(ちゅうぐう)があり、そして山の麓に若宮(わかみや)があります。若…
- 岩国・柳井・周南エリア

冠念寺

花尾八幡宮(ガラス絵 泰西風景図・長崎港図)
山口市徳地島地の花尾八幡宮は、県の文化財に指定されているガラス絵を所蔵しています。「泰西風景図」は、ヨーロッパの海辺の風景で、海には帆船やボートがうかび、海洋には民家や人物、樹木が描かれており、「長崎玉木官平一源画」と画家の署名があります。「長崎港…
- 山口・防府エリア

多賀社
標高330m、多賀山の山上に鎮座するイザナギノ尊とイザナミノ尊を祭り、 近江国多賀神社の分霊を勧請す、と伝えられています。延命の神様として広く知られ、多くの参拝者が訪れます。山頂からの眺望もすばらしく、ハイキングコースに最適です。駐車場手前の西側に2本の…
- 岩国・柳井・周南エリア

仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)
【全体概要】毛利家ゆかりの寺で、文殊堂に木造文殊菩薩騎獅像が安置されています。像は、県の文化財に指定されており、ヒノキ材の寄木造りで、像高は94cm、下方の獅子座などすべてを加えた高さは198.5cmです。
- 萩・長門エリア

籌勝院
【全体概要】長州軍は、第二次征長軍からの攻撃に備え、遊撃隊を主力として小瀬村に駐屯させた。籌勝院はその際、遊撃隊の本陣がおかれた場所である。慶応2年(1866)6月14日未明に開戦された芸州口の戦いで彦根藩を中心とする征長軍の主力部隊に対し大勝。境内には…
- 岩国・柳井・周南エリア

北向地蔵尊
病気回復や進学、縁結びに御利益があると言われています。明治の頃市外に住む重病人が祈祷をする人に「片倉の高台の北に向いたお地蔵様に祈願すれば全快は疑いなし」と教えられ願かけし、満願の日に全快。これが由縁です。線香の煙を患部に当てると良いとされ例祭には…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

長寿寺(十三重塔)
【全体概要】十三塔は、“抜け寺”の名で親しまれる長寿寺本堂に向かって左側にあり、花崗岩製で相輪は失っているが、他は当初のまま残っています。高さは相輪を除き5.45mあり、実に堂々とした石塔です。下層の軒の一辺は1.17m、最上層の軒の一辺は0.75m…
- 萩・長門エリア








