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下松護国神社
下松護国神社は、1866年に馬関戦争、禁門の変における都濃宰判出身の戦死者四柱を奉斎し、設立当初は、「山添招魂社」と号されていました。その後、戊辰戦争等の戦死者九柱を合祀(維新十三人墓)し、日清日露の戦役を含め、太平洋戦争終結までの国難に殉じた、下松市…
- 岩国・柳井・周南エリア

赤崎神社 楽桟敷・楽踊
赤崎山の北東斜面にある自然にできたすり鉢状の地形を巧みに利用した野外劇場。谷底の踊庭(おどりにわ)で奉納される「楽踊」「南条踊」「芝居」などを観覧する場として整備されました。階段状の桟敷は「高桟敷」と呼ばれ、一段の石積みの高さは90~170㎝。踊庭は「…
- 萩・長門エリア

弥栄神社
県を代表する古典芸能神事「鷺舞」の舞台として有名な神社です。元々は「滝本祗園社」の名で太鼓谷山上にあったが、城の鬼門鎮護のため正長元年(1428)に現在の地に移されました。毎年7/20、7/27に開催される「鷺舞」は二羽の鷺が優雅に舞う神事。天文11年(1542)に疫病…
- 山口・防府エリア

三光寺

専光寺
長州藩、海路通行の幕府役人など貴賓の接待所に使った寺で、幕末の1865年、この寺を本拠にして周防部の諸隊が決起し、振武隊となり、後に第二奇兵隊と改称しました。
- 岩国・柳井・周南エリア

江龍寺

巌島神社

長寿寺

早長八幡宮
【全体概要】江戸時代、瀬戸内海の交通の要衝として栄えた室積地域の氏神である早長八幡宮。毎年10月の第2日曜日に行われる秋祭りでは、威勢のよい「木遣り唄」が歌われながら、山車が町内を引き回されます。
- 岩国・柳井・周南エリア

雪舟庭園(医光寺)
画聖雪舟の造った石庭(日本遺産)
国史跡及び名勝。広さ2198㎡(666坪)医光寺の裏山を利用した西南向きの池泉鑑賞半回遊式の庭園。雪舟が文明10年頃来山し、造園した鶴亀を主体とした武家様式で鶴をかたどった池の中に亀島を浮かべています。亀の背中には中心石と三尊石をおき、西側の丘にある須弥山…
- 萩・長門エリア

大友大権現
村上家の家老大野友之丞は罪を得て斬首され,現地に堂が建てられ大友権現として祀られた。以後,首から上の病気を治して下さるという霊験があるといわれ近郷からの参詣人が絶えない。
- 岩国・柳井・周南エリア

浄名寺

常念寺表門
【全体概要】常念寺の境内にある表門は、ひかえ柱をもった桁行3.66m、梁間3.12mの四脚門で、切妻造り本瓦葺きで、両袖にくぐり戸がついています。寺伝によれば、この門は、もと京都聚楽第にあった裏門とされ、これを豊臣秀吉から毛利輝元がもらい受けて伏見の自邸に…
- 萩・長門エリア

椿八幡宮
椿八幡宮は鎌倉時代に由緒を持つ古い社で、江戸時代には萩四社の一社として知られ、「八江萩名所図画」にも描かれています。秋には、境内のイチョウが見事に色づきます。[第9代宮司 青山上総介について]文久2年(1862)10月、京都の粟田山で吉田松陰の最初の神道式…
- 萩・長門エリア

金輪神社
下松の地名の由来となった、星が降ったとされる鼎の松がある神社です。現在は初代から種を受け継いだ5代目が、下松市北斗町にある金輪神社に「鼎の松」として大切にされ、まちを守り続けています。
- 岩国・柳井・周南エリア

極楽寺(金銅一光三尊立像)
真言宗の寺で、極楽寺蔵の金銅一光三尊立像は、県の文化財に指定されています。像は、一個の舟形光背(ふながたこうはい)を背にして、三尊が立つ金銅仏で、光背の高さ53.8cm、仏像の高さは中尊41cm、脇侍各 29cm。
- 萩・長門エリア

廣福寺
【全体概要】697年、役の行者によって開かれた寺です。本尊は大内の祖先により招来された聖観世音菩薩です。所在地より中山観音の呼称があります。毎年2月18日は初観音縁日が催され、植木市なども行われます。尚、本尊聖観世音菩薩は秘仏であり、20年に一度開…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

上善寺
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)に際し自刃した松陰門下の四天王の一人「入江九一」他7名は、越前藩の菩提寺であった上善寺に葬られている。
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円応寺
昔話「三年寝太郎」の寝太郎伝説が今も伝わる
ものぐさで毎日寝てばかりいた若者の話寝太郎伝説が今も伝わる当地には,寝太郎権現のお社と,500年前のものともいわれる「寝太郎稲荷木像」がある。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

極楽寺
600年の歴史を持つ、浄土真宗本願寺派の寺院「堂固山 極楽寺」。このお寺に、吉田松陰直筆の書が遺されています。書かれた年は1856年(安政3年)、吉田松陰26歳の時になります。何故極楽寺にこの書が所蔵されているのか、入手の由来については不明だそうです。ちなみ…
- 萩・長門エリア








