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三渡八幡宮
三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…
- 山口・防府エリア

古熊神社
応安6年(1373)に大内弘世が京都の北野天神から神霊を迎え、山口の北野小路に創建したものです。その後元和4年(1618)に、毛利秀就が現在地に移したと伝えられています。創建当初からの御社殿は、室町時代建築の特徴をよく残すものとして大変著名であり、国の重要…
- 山口・防府エリア

下松護国神社
下松護国神社は、1866年に馬関戦争、禁門の変における都濃宰判出身の戦死者四柱を奉斎し、設立当初は、「山添招魂社」と号されていました。その後、戊辰戦争等の戦死者九柱を合祀(維新十三人墓)し、日清日露の戦役を含め、太平洋戦争終結までの国難に殉じた、下松市…
- 岩国・柳井・周南エリア

極楽寺(金銅一光三尊立像)
真言宗の寺で、極楽寺蔵の金銅一光三尊立像は、県の文化財に指定されています。像は、一個の舟形光背(ふながたこうはい)を背にして、三尊が立つ金銅仏で、光背の高さ53.8cm、仏像の高さは中尊41cm、脇侍各 29cm。
- 萩・長門エリア

薬師堂

子安観音

清安寺
目白の不動明王が祀られる寺
承平元年(931)の創建,大内氏の一族,冷泉判官隆豊が主家から賜った春日作と伝えられ,日本三体の一つといわれる目白の不動明王が祀ってある。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

二井寺山極楽寺

岩隈八幡宮(木造扁額「八幡宮」独立性易筆)
【全体概要】玖珂六ヶ郷の惣社とされ、祭神は応神天皇、仲哀天皇など9座。県指定文化財で、杉材の額板に、隷書体で「八幡宮」と深く陰刻されている木造扁額「八幡宮」を所蔵しています。額縁も杉材で、棟木(むなぎ)を耳状、足柱(あしばしら)を猫足状に作っていま…
- 岩国・柳井・周南エリア

明月上人誕生地(願行寺)
明月上人は、享保12年(1727)日前の願行寺に生まれ、松山の圓光寺第7世法灯を継いだ人間味豊かにして逸話多き僧。20歳の頃江戸に遊学し仏儒の学を究め、徂徠(そらい)の古学を好みました。越後の良寛、備中の寂厳(じゃくごん)と共に「近世の三筆」と称せられ、「…
- 岩国・柳井・周南エリア

神福寺
大内弘盛が建久年間(1190年代)に創建した真言宗のお寺で、神宮寺といっていました。明応8年(1499)京都を追われた将軍足利義稙が大内氏を頼って山口に来て、この寺を居館としました。明治3年平蓮寺と大正5年妙福寺と合併し、現在の寺号になりました。
- 山口・防府エリア

巌島神社

明倫館遺構聖廟(海潮寺)

飯山八幡宮
飯山八幡宮は東深川藤中(ふんじゅう)にある古社。奈良時代に湊の浜にまつられ、平安時代初期に現在地に移されたと伝えられています。社殿は室町時代の中期、大内氏の氏族で長門深川城主であった鷲頭弘忠が造営したものです。幕末から明治にかけて活躍した郷土の日本…
- 萩・長門エリア

上善寺
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)に際し自刃した松陰門下の四天王の一人「入江九一」他7名は、越前藩の菩提寺であった上善寺に葬られている。
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中山神社
幕末急進派の公卿、中山忠光卿を祀る神社背後にそびえる白滝山頂上には滝つぼがあり、清流となっています。一日ハイキングコースとして登山に適しています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

西堂寺六角堂
【全体概要】萩市江崎の西堂寺境内にあります。木造で一面4.26m、高さ11mの六角円堂であり、一重の裳階(もこし)付き、屋根は宝形造りで本瓦葺きで江崎湾内の突出した岩上に建っており偉観です。裳階(もこし)や内陣の柱は、すべて六角柱です。大内から毛利の時代…
- 萩・長門エリア

竹林寺
【全体概要】池田屋事変(元治元(1864)年)で捕われ、六角獄舎につながれていた志士たちは、蛤御門の変に際し逃亡を恐れた幕吏によって斬首された。その数は37名にのぼり、当時最大の悲惨な事件であった。その遺骸は竹林寺に合葬されている。
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松陰神社
【施設概要】松陰神社が鎮座する世田谷区若林一帯は、江戸時代には長州藩毛利家のお抱え地(大名が民間から買い上げて所有している土地)でした。 松陰処刑から3年後、久坂玄瑞の働きにより安政の大獄の刑死者等に対する大赦令が布告されたため、松陰の遺骸はこの若…
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興昌寺
天正年間に曹洞宗の寺として創立され、境内には長門三十三番霊場第五番札所や、松尾芭蕉が当地行脚の際に詠んだという「うたがふな、潮の花も浦の春」の句碑があるほか、境内入り口には、二つの仁王像が立っています。
- 萩・長門エリア








