条件指定検索
- カテゴリを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
検索結果
- 並び順
- アクセス数順
- 更新順
- 現在地から近い順
- 表示切り替え
- タイル
- リスト
- マップ
山代白羽神楽
出雲神楽の流れをくむ神事舞で、毎年9月の人丸祭、10月の白羽神社秋祭、11月の天神祭りに舞を奉納しています。1964年の東京オリンピック芸能舞祭に出演して、一般に広く知られるようになりました。
- 岩国・柳井・周南エリア

青原八幡宮
青原八幡宮の「くろがねもち」は境内参道の入口にあって、目通り周囲3・8m、高さ22.1m、樹幹250年「くろがねもち」では県下第1の樹木。もと参道をはさんで両側にあったが、右側の樹は台風で倒れて1本になった。冬になると赤い実をつける。「くろがねもち」では、松江…
- 山口・防府エリア

法専寺

秋吉台観光案内ボランティアの会

巌島神社

大内義隆供養塔
室町時代の守護大名大内義隆が長門市大寧寺で自害、側室の子息が忍び逃れ、御舟子の養雲院の住職となり、義隆卿、正室、側室を供養するため建立した石塔が三基あります。
- 萩・長門エリア

防府市中浦の緑色片岩
防府市中浦湾の東と西の海岸、長さ400~500mにわたって緑色の岩石(緑色片岩)が見られます。特に西海岸は、岩盤が露出し、岩塊も転がっていて、岩石の特徴がよく観察できます。緑黒色・淡緑色・褐色と色の異なる部分が数cm~10数cmの幅で縞模様をしていて、縞が幾重…
- 山口・防府エリア

民謡「男なら」
幕末に、長州藩の武士は海防のため下関に総出していたため、萩の老若婦女子が菊ケ浜に台場を築きました。その時、士気を鼓舞するため歌ったのが民謡「男なら」です。
- 萩・長門エリア

十二代豊田種長追善供養板碑
一ノ瀬にある長願寺跡の境内には、豊田氏累代の墓地があり、種長の板碑があります。地上9尺、幅4尺5寸、厚さ8寸で、梵字と種長御霊観応3年(1352)壬辰十月十八日と刻まれています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大内山楽踊り
腰輪をつけ、鶏頭を冠り、鉦タタキの輪の中で二手に分かれて踊ります。以前は毎年9月8日、日置大内山地区の赤崎神社に奉納されていたが、現在は日置八幡宮の秋の例祭(9月23日)に奉納されています。
- 萩・長門エリア

薬師堂

一棟貸しの宿泊施設 町家ステイ:戎丁
中庭を眺めながら暮らす、明治の粋を感じる住まい
『津和野町家ステイ戎丁(えびすちょう)』は、家主の口伝では明治23年(1890)に建設された長屋建築をもとに、リビングや現時点で最新のバス・トイレなどを取り入れた、モダンで快適な空間に仕上げています。暮らしのあらゆるシーンで、中庭を意識し愛でていたであろ…
- 山口・防府エリア

亀井家墓所

堀川南蛮樋
干拓地を造るために建造
この樋門の特徴は、それまでの唐樋と違い、ロクロの心棒部分と樋門の樋蓋を縄でむすび、鉄製のハンドルを回すことで、樋蓋を上下させることで樋門を開閉させる当時のオランダ最新技術を使ったところです。南蛮渡来の技術を使った樋門ということで「南蛮樋」(またはナ…
- 岩国・柳井・周南エリア

蕃書調所跡
【施設概要】アメリカのペリーが黒船を率いて来航し、幕府に開国を求めたのが嘉永6年(1853)、それから二年後の安政2年(1855)、幕府は九段坂下に洋学研究所を設け、まもなく蕃書調所と改称しました。 蕃書調所の開所から約2年後、現在の山口県山口市出身で、新…
detail_17358.html
お供え行列

花笠踊
【全体概要】7年目毎の8月下旬に、二所神社の八朔風鎮祭で舞われる踊り。別名を「花踊り」とも呼び、400年以上の昔から、鶴の渡来地である周南市八代の魚切地区に踊り伝えられてきたと言われています。言い伝えに寄れば、この踊りは陶晴賢に滅ぼされた大内義隆の追善…
- 岩国・柳井・周南エリア

川棚温泉青龍太鼓

郡司鋳造所遺構広場
【全体概要】萩藩の代表的な鋳物師であった松本郡司家の鋳造工房の遺構を移築整備した広場です。なかでも、西洋式の青銅大砲を鋳造し、一番深いところで4.5mある巨大な石組み大砲鋳造遺構は日本でも唯一のものです。
- 萩・長門エリア

竜崎遊歩道
橘町民俗資料館を起点として竜崎半島に沿った遊歩道で、別名サンシャインロードと呼ばれています。半島に沿ってつくられているので、やさしい潮の香りと波の音が快い。【その他】※通行止めのお知らせ(H28.7.29)大雨により、竜崎遊歩道が通行不可となっています。復…
- 岩国・柳井・周南エリア








