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興昌寺

天正年間に曹洞宗の寺として創立され、境内には長門三十三番霊場第五番札所や、松尾芭蕉が当地行脚の際に詠んだという「うたがふな、潮の花も浦の春」の句碑があるほか、境内入り口には、二つの仁王像が立っています。

  • 萩・長門エリア
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興昌寺

下松市観光ボランティアガイドの会

大星が松に降り七日七夜輝いたという星伝説がある下松市は、瀬戸内海を望む風光明媚な自然と、歴史ロマンにあふれた街です。さまざまな名所、旧跡を楽しい解説を交えながらご案内します。[その他]●主なガイド先 笠戸島・花岡八幡宮・降松神社等市内全域 詳しくは…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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下松市観光ボランティアガイドの会

津和野町部栄/ほたる

夏を彩る命の輝き

津和野町の畑迫地区では、天然のゲンジボタルの生息地となっています。毎年6月ごろになると、ホタルの輝きが夏の夜空を彩ります。

  • 山口・防府エリア
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津和野町部栄/ほたる

三渡八幡宮

三渡八幡宮は町内でもっとも大きな由緒のあるお宮で、江戸時代にはここの宮司は当7社の大宮司として、野の下領にある7つの八幡宮、すなわち三渡、青原、程彼、須川、左鐙、木ノロ、小直の八幡宮を統括していた。この本殿は寛保3年(1743年)の造営で、日原町にも神社…

  • 山口・防府エリア
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三渡八幡宮

天王原古墳

大波野の丘陵の西側段丘崖面にあります。横穴式石室を内部主体とする小円墳で、金環、鉄斧、鉄鏃、須恵器などが出土しています。出土品は、田布施町郷土館に展示、保管されています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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天王原古墳

ハゼの巨樹

江戸時代の長州藩は、藩財政強化のため、米、塩、紙、蝋(ろう)の生産を奨励し、いずれも色が白いことから防長四白と呼ばれました。ハゼノキは、かつて果実から蝋を採るために栽培していたもので、このハゼノキもその頃に植えられたと考えられています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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ハゼの巨樹

恩徳寺の結びイブキ

イブキはヒノキ科の常緑高木で、結びイブキは恩徳寺の境内にある、高さ6m、目の高さの幹周り3.4mの巨木。地上2mのところで多くの枝に分かれ、地上約2.5mで、多数の枝が互いにからみあい、珍しい樹形をしています。本堂前には幼樹ニ本が植えられています。恩徳寺は…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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恩徳寺の結びイブキ

清水寺

寺の創建は寺伝によると大同元年(806)といわれ、千手観音菩薩立像を本尊とする真言宗の寺院で、山口盆地最古の寺院といわれています。はじめ天台宗でしたが、室町時代に真言宗に改宗したと言われます。観音堂は明応2年(1493)大内政弘が建てたものといわれ、残っ…

  • 山口・防府エリア
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清水寺

光峨嵋山護国神社

維新の志士、来島又兵衛ほか80柱の霊を祀っています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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光峨嵋山護国神社

島田人形浄瑠璃芝居

里人から「祇園さま」として愛称され崇敬されてきた松浦神社で、8月4・5日に奉納上演される人形浄瑠璃芝居。室町時代、疫病が流行した時に病気の治まることを祈願し、農民たちが胡瓜に串を刺し、それに着物を着せて人形とし、人形浄瑠璃芝居を奉納したところ、疫病が…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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島田人形浄瑠璃芝居

萩往還(防府)

萩往還は、慶長9年(1604)の萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ直線で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、全長およそ53キロメートルの街道。近世の民衆や維新の志士たちの交通路として重要な役割を果たしてきた古道です。防府市内の関連の遺跡として…

  • 山口・防府エリア
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萩往還(防府)

澄田稲荷社

寿永3年(1184)、屋島の戦に敗れた平家が海路を西に逃れていく中、平経盛の船は室積舟戸の浦に寄りしばし休息した。この時、経盛は、船路の安全の守護神として船中に祀っていた幸徳稲荷大明神を、この地に遷座することとし、同時に愛娘「澄姫(すみひめ)」を敗戦の…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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澄田稲荷社

徳地人形浄瑠璃

佐波川流域の旧出雲村や八坂村(今の山口市徳地)で行われている人形浄瑠璃です。1877年(明治10)ごろから、村内に浄瑠璃が流行していたと言われ、西大津の安田広蔵や伏野の荒瀬喜十らが、一人遣いの人形をまねたり、張子の人形を作ったりして、村祭りなどに、境内の…

  • 山口・防府エリア
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徳地人形浄瑠璃

井上馨墓

井上馨は、幕末に長州藩秘密留学生としてイギリスに渡りましたが、滞在中に藩の危機を知り伊藤博文とともに急遽帰国、その後は高杉晋作らと討幕運動に奔走しました。維新後は外相や蔵相などを歴任し、理財の才に優れていたことから、財界にも大きな影響力を持っていま…

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井上馨墓

十二の神舞

日本神話の岩戸開きと、八頭のおろち退治及び四季の神話からなっています。大体神話が主であるが、後にいろいろな舞が加えてあります。

  • 山口・防府エリア
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十二の神舞

正護寺

臨済宗で山号を方松山といいます。この寺は、大内氏の一族右田氏から分れた、弘賢が13世紀末にこの陶の地を領し、地名を氏とし、陶氏を名乗るようになりました。陶弘賢はこの正護寺の前方の台地に屋形を築き、政務をとりました。現在屋形の土塁の一部が残っています。…

  • 山口・防府エリア
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正護寺

子供神楽

【全体概要】毎年9月下旬、高佐八幡宮で行われます。明治10年代に、島根県の藤井宗雄氏らによって石見神楽が山口県に伝幡し、六調子の典雅な舞として盛んになってきたものを、昭和49年古典芸能の復活に強い情熱を傾ける数名の住民が地区内の小・中学生を中心に中央子…

  • 萩・長門エリア
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子供神楽

小川家長屋門

【全体概要】小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士。安政の初期, またはそれ以前の建築といわれ、扉の金具、出格子の細部など優れたもので、当時の武士の生活様式を知ることができます。

  • 萩・長門エリア
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小川家長屋門

村田清風別宅跡

【全体概要】天保の改革の折、清風が藩政に携った25年間の別宅跡。

  • 萩・長門エリア
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村田清風別宅跡

広沢真臣の旧宅跡

広沢真臣は萩の城下町で生まれ、藩庁が山口に移された際、現在の山水園の裏あたりに住みました。旧宅跡を示す石碑が残されています。

  • 山口・防府エリア
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広沢真臣の旧宅跡