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住吉神社の石造燈台

海上交通の安全を見守る「萩往還」関連史跡

萩藩の水軍の本拠地である御舟倉へ続く入川(いりかわ)の河口に、海上交通の安全を祈願するために、ささやかな祠が建てられ住吉大明神が祭られていたが、水軍の船頭らの願い出で、正徳(しょうとく)5年(1715)、住吉神社が創建されました。石造燈台は、その境内地に…

  • 山口・防府エリア
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住吉神社の石造燈台

吉田宿

宿場の入口はT字形となっており、突き当たりに市恵比須があります。右に行けば萩、左に行けば赤間関に至る追分となっており、今も石標が残されています。藩はここに吉田宰判の勘場(代官所)を置きましたが、吉田勘場館跡には、今も建物の一部と練塀がその姿を残して…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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吉田宿

平安橋

平安古総門前の外堀にかけられている石橋ではじめ木橋であったが、明和年間(1764~72)に石橋にかけ換えられたと思われます。市指定文化財。

  • 萩・長門エリア
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平安橋

所郁太郎の墓

所は美濃国出身で、京都で医者として開業していましたが幕府に追われ、山口で開業しました。慶応元年(1865)27歳で病死しました。

  • 山口・防府エリア
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所郁太郎の墓

田中義一誕生地

【全体概要】文久3年(1863)藩士の三男としてこの地に生まれました。昭和2年(1927)内閣総理大臣。現在は白いなまこ壁が美しい菊屋横町に石碑が建てられています。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。

  • 萩・長門エリア
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田中義一誕生地

田万川の柱状節理と水中自破砕溶岩

【全体概要】旧田万川町の南部、上小川東分の農道脇にあり、約33万年前に噴出した黒っぽい火山岩の玄武岩が、礫(れき)層と砂層をおおっています。この玄武岩は田万川本流と原中川にはさまれた標高100~110mの平坦な溶岩台地をつくり、ほぼ南北に細長く連なっており…

  • 萩・長門エリア
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田万川の柱状節理と水中自破砕溶岩

田中義一別邸

明治期には、夏みかん栽培を奨励した小幡高政がここに住み、大正期に田中義一の所有となり、母屋などの増改築が行われ、現在の建物となりました。邸内には肖像画をはじめ大将服などが義一ゆかりの物があり、一般公開されています。隣接して“かんきつ公園”…

  • 萩・長門エリア
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田中義一別邸

六軒茶屋跡(萩往還)

萩往還は、慶長9年(1607)萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ最短で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、延長52.7キロメートルの街道です。萩往還には旅人の休憩の場として茶屋が所々に設けられていました。その茶屋の中で、萩往還最大の難所、一の坂に…

  • 山口・防府エリア
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六軒茶屋跡(萩往還)

周防鋳銭司跡

最初に銭貨が鋳造された708年から平安時代初期にかけて、鋳銭の事業の大部分が、この鋳銭司で行われました。9世紀中頃まで鋳造していたが、いつの間にか廃絶しました。

  • 山口・防府エリア
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周防鋳銭司跡

扇子落滝

その昔、狩りを楽しんで帰城の途中の殿様が滝のそばで美しい一人の娘が横笛を吹いているのを見つけ心を奪われ、思わず持っていた扇を滝壺の中へ落したことから名付けられたという滝です。落差が20mあります。

  • 萩・長門エリア
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扇子落滝

阿川八幡宮のイヌマキ巨樹群

イヌマキはマキ科の常緑針葉高木。阿川八幡宮は下関市豊北町阿川にあり、イヌマキの巨木は境内のあちこちにあります。本殿裏のマキの森には、直径20cm以上の木が多数あり、そのほとんどがイヌマキです。樹齢600年を数えるものもあり、道路に面したイヌマキは目の高さ…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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阿川八幡宮のイヌマキ巨樹群

壁島

国の天然記念物(昭和9年指定)鵜の渡来地です。鳥糞により白壁のようになっています。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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壁島

閼伽井坊多宝塔

この多宝塔は、花岡八幡宮の境内にあります。室町中期から後期の建造と推定され、藤原鎌足の創建した日本16塔の一つと伝えられています。多宝塔とは、下重は方形、上重は円形平面になっていて、頂上に相輪をもつ二重塔のことをいいます。一階部分の一辺は約4m、相…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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閼伽井坊多宝塔

堀川南蛮樋

干拓地を造るために建造

この樋門の特徴は、それまでの唐樋と違い、ロクロの心棒部分と樋門の樋蓋を縄でむすび、鉄製のハンドルを回すことで、樋蓋を上下させることで樋門を開閉させる当時のオランダ最新技術を使ったところです。南蛮渡来の技術を使った樋門ということで「南蛮樋」(またはナ…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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堀川南蛮樋

植松古墳公園

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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植松古墳公園

菊ケ浜土塁(女台場)

【全体概要】菊ケ浜の南側にあります。文久・元治の頃、萩の沖合にも黒船が出没した際、海防のために築造した砲塁です。

  • 萩・長門エリア
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菊ケ浜土塁(女台場)

善生寺庭園

池を中心とした江戸初期の山水的な庭園。

  • 山口・防府エリア
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善生寺庭園

周南市安田の糸あやつり人形芝居

【全体概要】元禄の頃、三丘領主宍戸氏によって定められた安田市の催しものとして行われたもの。諸国から集まる商人のうち、阿波の商人松尾某が人形を手作りして浄瑠璃を伝えたことから始まったとされています。8月7日、和霊大明神の祭礼に森河の円通院境内で演じら…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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周南市安田の糸あやつり人形芝居

有富古墳

綾羅木川を中心として広がる沖積層平野の北側丘陵には多くの遺跡が残っています。有富古墳は、この丘陵地の北東に接する山のすそに位置し、明治32年(1899)の調査の際、有富古墳群として5基の円形墳が発見されましたが、現在では2基を残して他は消滅しています。直径…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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有富古墳

地福蹴出し踊り

詳細は不明だが、約700年前から領民の間に踊り伝えられたリズミカルな踊りです。毎年8月の盆に行われます。

  • 山口・防府エリア
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地福蹴出し踊り
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