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熊谷家住宅
【全体概要】1754年(宝暦4)以来、萩藩の御用達として栄えてきた豪商熊谷家の住宅建築です。現在の住宅は、熊谷五郎右衛門が分家して1768年に新築したものと伝えられ、広大な屋敷地に主家のほか、離れ座敷、土蔵など十数棟が建ち並んでいます。
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雪舟庭園(萬福寺)
【日本遺産】画聖雪舟の造った石庭。中世の文化を味わう体験プ…
文明11年(1479年)、画聖雪舟等楊禅師によって造られた寺院様式の、須弥山世界(仏教の世界観)を象徴した石庭です。須弥山石を中央にして、右はやや暗く築山であり、枯滝をもち、左は平坦で非常に明るく造られ、明と暗が巧みに使い分けられています。この明るさの焦…
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旧小林家住宅(萩往還おもてなし茶屋)
佐々並市地区のまち歩きの拠点
旧小林家住宅は、江戸時代「目代所」があった場所に明治40年に隣地から移築された主屋と、大正期に建てられた土蔵、昭和10年代に増築された離れからなります。かつては旅館を営んでいたことから、主屋の一階の主座敷に加え、二階には萩往還を望む表座敷、佐々並川や周…
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御山神社経塚
御山神社経塚は阿武町惣郷にある経塚。築造は12世紀ごろと推定されています。経塚は、永く後世に伝えるため経典を経筒などに入れて地中に納め、塚を築いたもので、この経塚は、御山神社社務所横の土中より発見されました。
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長寿寺(十三重塔)
【全体概要】十三塔は、“抜け寺”の名で親しまれる長寿寺本堂に向かって左側にあり、花崗岩製で相輪は失っているが、他は当初のまま残っています。高さは相輪を除き5.45mあり、実に堂々とした石塔です。下層の軒の一辺は1.17m、最上層の軒の一辺は0.75m…
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旧萩藩御船倉
藩主の御座船や軍船を格納した御船倉
藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納した船倉で、浜崎重要伝統的建造物群保存地区に位置しています。明治以後の埋め立てにより、現在は河岸から離れたところに位置していますが、往時は松本川に面して船が自由に出入り出来る場所でした。屋根を葺いた旧藩時代の船倉…
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萩往還交流施設 乳母の茶屋
昔の街並みが偲ばれる休憩所
明木市の休憩所。自由に休憩ができます。お茶屋(佐々木家)の跡地で、毛利公の乳母をした人が毛利公から茶屋を下賜されたとの言い伝えが残っています。
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見島のカメ生息地
【全体概要】日本海に浮かぶ見島は、約6万~1万年前、地球の全体が寒くなって海面が低下したときは本州と陸続きでした。その後暖かくなり、海面が上昇して島となったもので、これらのカメそのものは本州の各地に生息しており、珍しい動物ではないが、見島が本州と陸続…
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落合の石橋
長さ2.4m、幅1.7m。石組みの川岸から川に張り出させた大きな石を橋げたにして、上に板状の石を載せた県内特有の工法で、江戸後期のものと思われます。萩往還の途上にあります。
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田頭神幸祭

萩・藍場川土原コース
現在は鯉が放流され、風情あふれる藍場川。その川の水を引き込んだ流水式庭園を持つ桂太郎旧宅など、水と暮らした城下町を散策します。また江戸の古地図では、中・上級武士の屋敷が立ち並んでいた土原(ひじわら)。前原一誠や入江九一など維新の志士たちの息吹が聞こ…
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古地図を片手にまちを歩こう<萩往還編(萩市・山口市・防府市…
萩往還 特選ガイドコース 4コース
萩往還は、毛利氏が1604年萩城築城後、江戸への参勤交代での「お成道(おなりみち)」として開かれました。全長およそ53㎞。幕末には、維新の志士たちが往来し、歴史の上で重要な役割を果たしました。萩往還の魅力をお伝えするため、特選4コースをご用意しております…
- 山口・防府エリア
- 萩・長門エリア

熊野山公園
約1万株のツツジが山を綺麗に染める
俵山温泉街を見下ろす高台にあり、ツツジとサクラの名所です。特にツツジは洋種・和種合わせて約1万本が植栽され、4月下旬から5月上旬の開花期には全山が濃淡の紅色に染めあげられます。園内には近松門左衛門の碑もあります。
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巌島神社

坪井九右衛門旧宅

椿八幡宮
椿八幡宮は鎌倉時代に由緒を持つ古い社で、江戸時代には萩四社の一社として知られ、「八江萩名所図画」にも描かれています。秋には、境内のイチョウが見事に色づきます。[第9代宮司 青山上総介について]文久2年(1862)10月、京都の粟田山で吉田松陰の最初の神道式…
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滝坂神楽舞
滝坂神楽舞は、1764年(明和1年)の黄幡社建立当時に、3年間続く大飢饉と牛馬の疫病を免れようと、厄払いの祈願のため神楽を奉納したのが始まりとされています。現在、滝坂神楽舞保存会により保存・伝承されており、毎年11月2日の午後8時から舞が行われています。三…
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飯山八幡宮
飯山八幡宮は東深川藤中(ふんじゅう)にある古社。奈良時代に湊の浜にまつられ、平安時代初期に現在地に移されたと伝えられています。社殿は室町時代の中期、大内氏の氏族で長門深川城主であった鷲頭弘忠が造営したものです。幕末から明治にかけて活躍した郷土の日本…
- 萩・長門エリア

青海島鯨墓
鯨墓は、高さ2.4メートル、幅0.46メートルの花崗岩の石塔です。正面には「業尽有情雖放不生」「故宿人天同証佛果」「南無阿弥陀仏」と陰刻され、側面には「元禄五年壬申五月 願主 設楽孫兵衛・池永藤右衛門早川源右衛門」と刻まれています。「鯨1頭取れれば7浦が賑わ…
- 萩・長門エリア

郡司鋳造所遺構広場
【全体概要】萩藩の代表的な鋳物師であった松本郡司家の鋳造工房の遺構を移築整備した広場です。なかでも、西洋式の青銅大砲を鋳造し、一番深いところで4.5mある巨大な石組み大砲鋳造遺構は日本でも唯一のものです。
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