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マップ

彈正糸桜

【全体概要】龍雲寺のそばの中世土塁跡のシダレザクラ(イトザクラ)。目通り周囲2.7m、高さ約8mで、樹齢300年程度と推定されています。戦国武将の陶晴賢の重臣であった「江良弾正居館跡」の土塁跡にあることから、この名がつけられました。3月下旬~4月上旬に見ごろ…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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彈正糸桜

磁石石

高山山頂に露出し、磁針の方位を狂わすほどの強力な磁性を持っています。

  • 萩・長門エリア
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磁石石

吉田松陰と寺嶋忠三郎訣別の地

【全体概要】安政6年(1859)吉田松陰が萩の野山嶽から江戸に護送される途中、弟子の寺嶋忠三郎と師が無言の別れを告げた場所です。 師弟それぞれの思いを詠んだ歌碑が建てられています。(周南市指定文化財)

  • 岩国・柳井・周南エリア
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吉田松陰と寺嶋忠三郎訣別の地

白石山ハイキング

【コース概要】標高541mの白石山には、山中に巨岩が散在するハイキングコースがあります。山頂付近に点在する巨岩からの眺望がすばらしいです。

  • 山口・防府エリア
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白石山ハイキング

戻路杖踊り

【全体概要】戦国時代、美濃国の墨川三輔がこの地に逃れた際、兵法武芸十八般の内、棒術の流れを汲むものを伝えたのが始まりとされます。一時途絶えていましたが、地区の人々の努力により再現されました。現在は9月の中須小・中学校合同運動会にて踊られています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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戻路杖踊り

土手町南蛮樋

建設当時のオランダ最新技術

この樋門の特徴は、それまでの唐樋と違い、ロクロの心棒部分と樋門の樋蓋を縄でむすび、鉄製のハンドルを回すことで、樋蓋を上下させることで樋門を開閉させる当時のオランダ最新技術を使ったところです。そのため、南蛮渡来の技術を使った樋門ということで「南蛮樋」…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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土手町南蛮樋

国登録有形文化財 旧市長公舎

和と洋が融合した大正時代の建築物

大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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国登録有形文化財 旧市長公舎

浅江神社 シャクナゲ苑

約30種・300本のシャクナゲが咲き誇る

明治4年、加茂大明神と山王八幡宮の2社に山王原の1社(祭神、大山咋命)を併せて浅江神社の名称になりました。浅江神社は平成3年に台風の大きな被害を受け、それを機に神社の改築をしました。また、被害を受けた北側の鎮守の杜を、新たにしゃくなげ苑として整備し…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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浅江神社 シャクナゲ苑

吉田松陰與小方市右衛門木刀銘の碑

小方市右衛門の墓の右横に吉田松陰の詩碑がある。これは安政五(一八五八)年、松陰を訪ねた市右衛門に対して、松陰は木刀に詩を揮毫し市右衛門に贈った。その詩を刻んだ石碑であり、書は大内青巒の筆である。小方市右衛門惟温は平生弘道館に学んで勤王の志篤く、常に…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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吉田松陰與小方市右衛門木刀銘の碑

木戸山

  • 山口・防府エリア
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木戸山

岩戸神楽

建国の由来を物語る神話に基づく神楽舞。

  • 山口・防府エリア
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岩戸神楽

独立一勺の水

この地は、江戸時代に、真言宗龍門寺のあった所です。三代藩主広嘉の病気治療のため岩国を訪れ、錦帯橋創建のきっかけを作った独立禅師が、「一勺源頭の水…」の漢詩を詠んだといわれる所です。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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独立一勺の水

岩隈八幡宮(木造扁額「八幡宮」独立性易筆)

【全体概要】玖珂六ヶ郷の惣社とされ、祭神は応神天皇、仲哀天皇など9座。県指定文化財で、杉材の額板に、隷書体で「八幡宮」と深く陰刻されている木造扁額「八幡宮」を所蔵しています。額縁も杉材で、棟木(むなぎ)を耳状、足柱(あしばしら)を猫足状に作っていま…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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岩隈八幡宮(木造扁額「八幡宮」独立性易筆)

青原八幡宮

青原八幡宮の「くろがねもち」は境内参道の入口にあって、目通り周囲3・8m、高さ22.1m、樹幹250年「くろがねもち」では県下第1の樹木。もと参道をはさんで両側にあったが、右側の樹は台風で倒れて1本になった。冬になると赤い実をつける。「くろがねもち」では、松江…

  • 山口・防府エリア
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青原八幡宮

飢民の供養塔(大恩寺)

享保17年(1732年)、ウンカの異常発生によって西日本一帯は大凶作となり、庶民は飢えに苦しみました。ことに周防の国は悲惨で、備蓄用の倉を空にしてもなお手の施しようがなかったと言われています。飢民の供養塔は、この時の幾百人の餓死者を弔うためのものです。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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飢民の供養塔(大恩寺)

ハゼの巨樹

江戸時代の長州藩は、藩財政強化のため、米、塩、紙、蝋(ろう)の生産を奨励し、いずれも色が白いことから防長四白と呼ばれました。ハゼノキは、かつて果実から蝋を採るために栽培していたもので、このハゼノキもその頃に植えられたと考えられています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
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ハゼの巨樹

木間「神代の舞」

五穀豊穰を祈願する神楽舞。毎年8月15日に、若宮神社で行われます。

  • 萩・長門エリア
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木間「神代の舞」

民謡浜子うた

【全体概要】浜子と呼ばれる塩田作業員の労働歌で、歌詩は素朴で即興的であり節まわしは力強いなかにも哀感をたたえています。現在は、浜子うた保存会によって伝承されています。

  • 山口・防府エリア
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民謡浜子うた

彦島西山の化石層

約2500万年前の2枚貝や巻貝,ウニなど貝化石が密集しており大規模なものである。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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彦島西山の化石層

正護寺

臨済宗で山号を方松山といいます。この寺は、大内氏の一族右田氏から分れた、弘賢が13世紀末にこの陶の地を領し、地名を氏とし、陶氏を名乗るようになりました。陶弘賢はこの正護寺の前方の台地に屋形を築き、政務をとりました。現在屋形の土塁の一部が残っています。…

  • 山口・防府エリア
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正護寺