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芦樵寺
由緒あるお寺の美しい日本庭園を目の前に坐禅体験
防府天満宮の近くにある芦樵寺(ろしょうじ)は、室町時代に建立された由緒あるお寺。境内にある美しい日本庭園を目の前に、本格的な坐禅を体験できます。(事前予約が必要)
- 山口・防府エリア

脱隊諸士招魂の碑
脱退諸士を慰霊する招魂碑
1869(明治2)年、藩政府は奇兵隊を含む諸隊を再編する兵制改革を行いました。これを不服とした約2千人の隊士が内乱を起こし、鎮圧され、首謀者らはこの地で処刑斬首されました。その霊を弔うため招魂碑が建てられました。
- 山口・防府エリア

平安橋

問田益田氏旧宅土塀
萩藩の重臣で4,000石を領した問田益田氏旧宅の土塀。堀内地区は萩藩重臣の邸宅が並んでいた所で、中でもこの土塀は最もよく旧態を留めています。市指定文化財。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
- 萩・長門エリア

常徳寺庭園
庭園は常徳寺境内の東側にあり、室町時代後期ごろに築かれた池や水を観賞する庭園です。庭につくった小川、滝に似せた石組み、池の中島などがよい状態で残っています。
- 山口・防府エリア

吉田稔麿誕生地
【全体概要】稔麿(栄太郎)は、少年期には宝ほう蔵ぞう院いん流りゅう槍そう術じゅつを学び、安政3年(1856)松本村から最初の塾生として松下村塾に入塾しました。学問にすぐれ「松下村塾四天王」の一人と称され、松陰から最も期待された一人でした。元治元年(1864…
- 萩・長門エリア

伊藤井上両公上陸の碑
文久3年(1863年)、「長州ファイブ」の一員としてイギリスにいた伊藤博文、井上馨は、英米仏蘭の4ヶ国連合艦隊が下関を攻撃するとの情報に接し、英国留学を中断して帰国の途につきました。両名は、元治元年(1864年)6月24日に富海に上陸し、飛船問屋入本屋磯七の宅…
- 山口・防府エリア

長州萩藩蔵屋敷跡
この辺りはかつての江戸堀の一角で、江戸時代には諸藩の蔵屋敷が立ち並んでいた。ここには広大な長州萩藩の蔵屋敷があった。
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極楽寺(金銅一光三尊立像)
真言宗の寺で、極楽寺蔵の金銅一光三尊立像は、県の文化財に指定されています。像は、一個の舟形光背(ふながたこうはい)を背にして、三尊が立つ金銅仏で、光背の高さ53.8cm、仏像の高さは中尊41cm、脇侍各 29cm。
- 萩・長門エリア

大野毛利家墓所(海前寺跡)
大野毛利二代目「就詮」が眠る
大野毛利8,600石の領主、ご一族の菩提寺(ぼだいじ)であった海前寺というお寺があった場所です。お墓の手前や右側に栗の木や黒松、くろがねもち、梅の木などの庭木があり屋敷の跡を思わせるものがあります。海前寺跡大野毛利氏の二代就詮(なりあき)ら10基のお墓が…
- 岩国・柳井・周南エリア

湯の原ダム
平成3年3月に完成した湯の原ダムは、貯水量293万tで下関市の水源となっています。周辺もダム公園として整備され、散策やピクニックに最適です。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

椿山荘
【施設概要】現在では結婚式場として知られる文京区関口の椿山荘は、もと山県有朋邸です。 「椿山」とは山県の号で、明治11年に購入した後、三重塔や銘木、銘石を配するなどぜいたくを極めた庭園を造園したもので、戦災で失われましたがかつては約1,000坪の大邸…
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有富古墳
綾羅木川を中心として広がる沖積層平野の北側丘陵には多くの遺跡が残っています。有富古墳は、この丘陵地の北東に接する山のすそに位置し、明治32年(1899)の調査の際、有富古墳群として5基の円形墳が発見されましたが、現在では2基を残して他は消滅しています。直径…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)
【全体概要】毛利家ゆかりの寺で、文殊堂に木造文殊菩薩騎獅像が安置されています。像は、県の文化財に指定されており、ヒノキ材の寄木造りで、像高は94cm、下方の獅子座などすべてを加えた高さは198.5cmです。
- 萩・長門エリア

周布政之助の碑
【全体概要】周布は藩政の主導権を幕府の考え方に従おうとする俗論等に奪われた責任を取り、自刃しました。その場所の近くに功績を伝える碑が建っています。
- 山口・防府エリア

蛤御門
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)で長州藩は御所に発砲した罪で朝敵となってしまう。現在の蛤御門には、当時のものと思われる弾痕が残っており、戦いの激しさを見ることができる。
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籌勝院
【全体概要】長州軍は、第二次征長軍からの攻撃に備え、遊撃隊を主力として小瀬村に駐屯させた。籌勝院はその際、遊撃隊の本陣がおかれた場所である。慶応2年(1866)6月14日未明に開戦された芸州口の戦いで彦根藩を中心とする征長軍の主力部隊に対し大勝。境内には…
- 岩国・柳井・周南エリア

前原一誠旧宅跡
【全体概要】明治9年10月26日に起きた萩の乱の中心人物、前原一誠の旧宅跡が山陽小野田市旦西の台地、登り窯の近くにあります。2度にわたる改築で家の様相は変わっていますが、当時からの古井戸、屋敷神、カキの古木など、往時の面影を感じることができるものと…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

旦の登り窯
ノスタルジーに浸る窯跡
【全体概要】日本舎密(せいみ)製造株式会社(現:日産化学工業)の製造する硫酸などを運ぶための容器を、明治26年から旦の製陶所で生産していました。旦の登り窯は、その当時の窯跡です。また、生産された瓶は「硫酸瓶」と呼ばれています。幅7.5m、煙突の高さ12.3m…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

中山神社
幕末急進派の公卿、中山忠光卿を祀る神社背後にそびえる白滝山頂上には滝つぼがあり、清流となっています。一日ハイキングコースとして登山に適しています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア








