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旧周布家長屋門
【全体概要】旧三の丸の北の総門筋にあり、萩城跡の指定地域に含まれています。萩藩大組で1,530石を領した周布治部家の長屋門で市指定文化財。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
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萩市浜崎伝統的建造物群保存地区
選定地区は、萩城城下町の北東端、松本川の河口に位置した在方支配の港町で、本町筋の町並みは「吹上(ふきあげ)」と呼ばれる尾根筋から海に向かって、湾曲しつつ緩やかに下る道筋を中心とした約10.3haです。江戸期から明治・大正・昭和前期にかけて建てられた町屋が…
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親水公園 河津桜
「道の駅 萩しーまーと」そば。約120本の桜並木が続く河津桜…
約1,800㎡の広さの親水公園には、約120本の河津桜が植えられており、2月下旬頃から濃いピンク色の可憐な花を咲かせます。公園内には桜並木が続き、木があまり大きくないため、目線の高さで美しいお花をお楽しみいただけます。
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住吉神社
山口県指定無形民俗文化財「お船謡」が代々伝承される。
住吉神社は、万治2年(1659)に勧請されました。その神幸祭に山車「お船」の上で謡われるようになりましたが、藩政時代には一般人の「お船謡」の演唱は禁じられ、演唱者も世襲的な藩の階級である「浜崎歌舸子(かこ)」の家柄の者14人に限られていました。明治以降、…
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奥阿武宰判勘場跡
【全体概要】勘場跡は、貞享4年(1687年)から明治11年の初めまでの200年間、奥阿武宰判の代官所として、むつみ村、阿東町、須佐町、田万川町、阿武町(奈古を除く)を統括し、政治・文化の中心地でした。現在は、敷地及び周辺の石組みが残っています。
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高山(磁石石)
【全体概要】標高532.8mの頂上付近には、石英はん粉岩があり、強力な磁性を有しています。古くから磁石石として名高く、磁針の方向を変えさせることで知られており、国の天然記念物に指定されています。全国でも珍しいものです。
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かんきつ公園
萩城下町のシンボル!白壁や武家屋敷の土塀からのぞく夏みかん
平安古伝建地区の一角に位置するかんきつ公園には、萩の代名詞とも言える夏みかん約100本をはじめとする柑橘類10種約380本が植えられ、目近に見ることができます。夏みかんは、毎年5月上旬〜中旬頃にかけて白く可憐な花を咲かせ、その頃には公園全体にふわっと甘いよ…
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吉見正頼息女の墓
【全体概要】石州三本松(津和野)城主吉見正頼が阿武郡を支配していた頃、この地に休憩所を設け、正頼の息女を住まわせていたが、天正8年(1585年)8月26日萩の指月邸において病死し、この地に葬った息女の宝篋印塔です。
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高山岬

扇子落滝
その昔、狩りを楽しんで帰城の途中の殿様が滝のそばで美しい一人の娘が横笛を吹いているのを見つけ心を奪われ、思わず持っていた扇を滝壺の中へ落したことから名付けられたという滝です。落差が20mあります。
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萩指月温泉(リゾートホテル美萩)
日本海の美しい島々と指月山を望む萩の菊ヶ浜海水浴場に位置しており、漁り火を見ながらゆったりくつろぐことができます。■泉質:カルシウム・ナトリウム 塩化物温泉■効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、冷え性、打ち身、疲労回復など
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鹿背隧道
【全体概要】幅4.2m、延長180m、高さ3.8m 県内初の石巻工法によるもの。明治15年着工の県道小郡萩線にあります(現県道とは違う)。藩庁移転後の萩の回生への期待がこめられた隧道で、山口県下最初の石造洋風隧道として記録されています。130年近く経過しています…
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田万川
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萩焼古窯跡群
【全体概要】江戸時代初期、萩藩主である毛利家は、文禄・慶長の役(1592~98)で連れ帰った朝鮮人陶工に命じて松本村中の倉(現萩市椿東)に御用窯を開きました。御用窯はそののち大津郡深川村三ノ瀬(そうのせ・現長門市湯本)にも分かれたため、それぞれの窯品を「松…
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明倫館遺構聖賢堂
聖賢堂は藩校明倫館の聖廟前、観徳門の左右にあった東塾・西塾の遺構である。 明倫館廃校の後、両塾を合わせて1棟とし、市内東田町の阿呼社境内に移築されていたが、大正7年(1918)に再び元の地の明倫館跡へ移された。 建物は切妻造り、起こり屋根桟瓦葺き…
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善福寺
室町時代に創建された寺。幕末の志士や著名な絵師の墓が残る
指月山善福寺は永享年間(1429~40)に指月山麓に創建された臨済宗の寺院で、毛利輝元の萩城築城のため、この地に移されました。天文19年(1550)大内義隆が寺領を保証した文書は「萩」の地名が書かれた最古の資料といわれています。竿の部分に人の形をした像が彫られ…
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虎ヶ崎

井上勝旧宅跡
萩藩士井上勝行の三男として萩城下土原に生まれる。幕末の一時期、野村弥吉と称した。安政2年(1855)、開明派として知られた父に従い、江戸・浦賀に赴く。同5年、藩命により長崎でオランダ士官より兵学を学ぶ。文久3年(1863)には井上馨(聞多)・伊藤博文(俊輔)…
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西堂寺六角堂
【全体概要】萩市江崎の西堂寺境内にあります。木造で一面4.26m、高さ11mの六角円堂であり、一重の裳階(もこし)付き、屋根は宝形造りで本瓦葺きで江崎湾内の突出した岩上に建っており偉観です。裳階(もこし)や内陣の柱は、すべて六角柱です。大内から毛利の時代…
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郡司鋳造所遺構広場
【全体概要】萩藩の代表的な鋳物師であった松本郡司家の鋳造工房の遺構を移築整備した広場です。なかでも、西洋式の青銅大砲を鋳造し、一番深いところで4.5mある巨大な石組み大砲鋳造遺構は日本でも唯一のものです。
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