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西周旧居

哲学者西周の育った家。母屋の右側にある土蔵の小さな部屋で、寸暇を惜しんで勉強し、後に日本で初めてできた東京高等師範学校の初代校長に就任、更には福沢諭吉らとともに、西洋の学問、文化思想、特に西洋哲学を日本に最初に紹介した人で、明治文化の先駆者として活…

  • 山口・防府エリア
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西周旧居

本陣伊藤邸跡

伊藤家は町内の大年寄で、奉行を務めた家柄でした。同家は参勤交代時、大名の宿となる本陣をつとめました。 幕末の当主は、シーボルトや坂本龍馬との親交が篤く、龍馬が京都で暗殺された時も妻のお龍(りょう)はここに滞在していました。現在は「本陣伊藤邸址」の碑…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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本陣伊藤邸跡

長州藩下屋敷跡

【施設概要】江戸時代初め、長州藩では江戸における屋敷が手狭になったため、幕府に願い出て寛永13年に麻布龍土町に新しい屋敷を拝領しました。 当初は27,000坪余りだった敷地は、後年には周辺の空き地も買い足して36,080坪にもなり、付近の山や谷まで…

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長州藩下屋敷跡

十朋亭維新館

明治維新への扉を開いた「維新策源の地 山口」の歴史にふれる…

十朋亭は、代々醤油製造を業とする萬代家の離れとして建てられました。幕末期に長州藩主毛利敬親が、萩から山口へ藩庁を移した際、藩の役人たちの宿舎として利用されました。当主・萬代利兵衛が志士達の活動を援護していたことから、多くの来客があったと伝えられ、桂…

  • 山口・防府エリア
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十朋亭維新館

吉田松陰幽囚ノ旧宅

幕末の産業化に取り組み産業文化の形成といった地域社会においての人材育成の施設として、松下村塾とともに世界遺産に登録されている「吉田松陰幽囚ノ旧宅」(杉家旧宅)。【 2015年7月世界遺産登録『明治日本の産業革命遺産』 】松陰は、実家杉家の4畳半の一室で前…

  • 萩・長門エリア
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吉田松陰幽囚ノ旧宅

旧湯川家屋敷

藍場川沿いにある情緒あふれる武家屋敷

藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られた…

  • 萩・長門エリア
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旧湯川家屋敷

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

この地は、長州藩主毛利氏の一門、厚狭毛利家の屋敷のあったところで、屋敷は全長51mの長大な長屋、屋根は一重入母屋造り瓦ぶき、式台および縁付で、中間部屋もある代表的な武家屋敷長屋です。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町に…

  • 萩・長門エリア
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旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

長州藩上屋敷跡

長州藩上屋敷は、慶長8年(1603)9月に、藩主毛利秀就が徳川家康より拝領したことに始まります。江戸城桜田門外にあり、表門は西の丸下を囲む内堀ぞいの道に面しており、17,170坪あまりの敷地であったと記録されています。周囲には仙台藩伊達家、米沢藩上杉家…

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長州藩上屋敷跡

白石正一郎旧邸跡

白石正一郎邸は、現在の下関市竹崎町中国電力下関営業所敷地内にあります。高杉晋作や坂本龍馬など藩内外の多数の志士たちを支援し勤王商人として知られる白石正一郎宅で、晋作を初代総督とする奇兵隊が結成されました。現在は「白石正一郎宅跡」「高杉晋作 奇兵隊結…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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白石正一郎旧邸跡

高杉晋作療養の地

高杉晋作は小倉戦争で、長州軍を指揮して幕府軍と戦いましたが、この戦いで持病の結核が悪化し、桜山神社の近くに小さな家を建てて、野村望東尼(のむらもとに)、愛人おうのの看病による療養生活を送りました。*写真の「高杉東行」の「東行」とは、晋作の号のことで…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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高杉晋作療養の地

宮市本陣兄部家

【全体概要】鎌倉時代から周防国合物商の長職だった宮市の商人兄部家。1642年(寛永19)に宮市本陣に定められ、西国の大名や幕府の上級役人が宿泊するようになりました。

  • 山口・防府エリア
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宮市本陣兄部家

城下町とっておき体験プラン ”今 むかし 時間の歯車を回す旅”

萩城下町のいいとこどり非日常体験

着物を着る、人力車で巡る、お抹茶を点てる…江戸の城下町風情が色濃く残る萩のまちで3つの体験がセットで楽しめる体験プランです。着物体験・抹茶体験・人力車体験を組み合わせてお楽しみいただけます。

  • 萩・長門エリア
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城下町とっておき体験プラン  ”今 むかし 時間の歯車を回す旅”

三好写真館跡

金子みすゞは、亡くなる前日の1930年(昭和5)3月9日、亀山八幡宮参道そばの、この場所にあった三好写真館で、最後の写真を撮りました。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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三好写真館跡

桂太郎旧宅

内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…

現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…

  • 萩・長門エリア
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桂太郎旧宅

雲谷庵跡

天花の七尾山麓にあります。ここは中世の画聖雪舟のアトリエがあったところです。雪舟は大内氏の招きにより40歳頃に山口に来て、48歳の応仁元年(1467)に遣明船に乗り中国に渡りました。帰国後も雲谷庵に住み作画活動と弟子の養成につとめましたが、永正3年(1506)…

  • 山口・防府エリア
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雲谷庵跡

瓦屋跡

瓦屋は幕末から明治初期にかけて木戸孝允など維新の志士たちが利用した旅館です。松陰門下生・山田顕義の妻は瓦屋の娘です。

  • 山口・防府エリア
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瓦屋跡

上山文英堂本店跡

1923(大正12)年、20歳の金子みすゞが、山口県大津郡仙崎村(今の長門市仙崎)から移り住んだ地です。みすゞは、この地におよそ3年半住み、勤め先の商品館内の上山文英堂支店へ通いながら、たくさんの詩を創作しました。結婚ののち、1930(昭和5)年3月10日、26歳で亡く…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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上山文英堂本店跡

早川家住宅

長門の通浦は日本海岸にある青海島の漁港で、江戸時代には捕鯨が盛んでした。早川家はこの地の網頭をつとめた家柄で、住宅は海岸線に沿ったせまい道路に東面して建ち、背後は浜に続いています。この屋敷地は、もと廻船業を営んでいた黒川氏のもので、後に早川氏が買い…

  • 萩・長門エリア
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早川家住宅

旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

廻船業の歴史や阿知須地域の民俗資料が見れる

江戸時代中期から明治初期に廻船業の港町として栄えた阿知須浦地区は、火事から家を守るため居蔵造の家屋が建てられ、現在でもその面影を残した白壁の街並みが残っています。いぐらの館は、明治17年に建てられた居蔵造の中川邸を改修したもので、館内には廻船業の歴史…

  • 山口・防府エリア
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旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

伊藤博文別邸

伊藤博文が明治40年(1907)に東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた建物の一部を、萩市が無償譲渡を受けて伊藤博文旧宅側に移築したものです。

  • 萩・長門エリア
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伊藤博文別邸