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奇兵隊陣屋跡

慶応元年(1865)に拠点を吉田に移した奇兵隊が、慶応3年(1867)8月から明治2年(1869)11月の解散まで陣屋(本陣)を置いたところ。400人の隊士が厳しい規律に従って訓練に明け暮れました。当時の堤防が名残をとどめています。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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奇兵隊陣屋跡

十朋亭維新館

明治維新への扉を開いた「維新策源の地 山口」の歴史にふれる…

十朋亭は、代々醤油製造を業とする萬代家の離れとして建てられました。幕末期に長州藩主毛利敬親が、萩から山口へ藩庁を移した際、藩の役人たちの宿舎として利用されました。当主・萬代利兵衛が志士達の活動を援護していたことから、多くの来客があったと伝えられ、桂…

  • 山口・防府エリア
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十朋亭維新館

人気学芸員が紡ぐ 錦帯橋と岩国城下町の物語

山口デスティネーションキャンペーン特別企画 -お好みによっ…

NHK「ブラタモリ」に出演した岩国徴古館の学芸員が、錦帯橋と岩国の歴史を紐解く特別ガイドツアー。「流されない橋」と称される錦帯橋が架けられた理由を、岩国城下町の町割りや武家屋敷が残る町並みから探ります。歴史に詳しい方もそうでない方も、岩国の奥深さに魅…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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人気学芸員が紡ぐ 錦帯橋と岩国城下町の物語

津和野城跡観光リフト 朝霧早朝運行

秋・冬の季節限定 朝霧に浮かぶ津和野城址は天空の城

毎年、秋から冬にかけて気候の条件がそろったときにのみ見ることができる朝霧の雲海に囲まれた津和野城跡。城下町をすっぽり覆った雲海に浮かぶ津和野城跡は一見の価値あり。国道9号線をはじめ、町を望む高い場所から様々な角度で楽しむことができます。朝霧が発生す…

  • 山口・防府エリア
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津和野城跡観光リフト 朝霧早朝運行

渡辺蒿蔵旧宅

渡辺蒿蔵は、天保14年(1843年)萩藩士渡辺家に生まれ、15歳の安政4年(1857年)松下村塾に入塾、吉田松陰から「奇物」と期待されました。97歳まで健在で、松陰に学んだ松下村塾生で最も長生きした人物です。21歳の文久3年(1863年)奇兵隊に入り、元治元年(1864年)禁門…

  • 萩・長門エリア
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渡辺蒿蔵旧宅

白石正一郎旧邸跡

白石正一郎邸は、現在の下関市竹崎町中国電力下関営業所敷地内にあります。高杉晋作や坂本龍馬など藩内外の多数の志士たちを支援し勤王商人として知られる白石正一郎宅で、晋作を初代総督とする奇兵隊が結成されました。現在は「白石正一郎宅跡」「高杉晋作 奇兵隊結…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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白石正一郎旧邸跡

城下町とっておき体験プラン ”今 むかし 時間の歯車を回す旅”

萩城下町のいいとこどり非日常体験

着物を着る、人力車で巡る、お抹茶を点てる…江戸の城下町風情が色濃く残る萩のまちで3つの体験がセットで楽しめる体験プランです。着物体験・抹茶体験・人力車体験を組み合わせてお楽しみいただけます。

  • 萩・長門エリア
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城下町とっておき体験プラン  ”今 むかし 時間の歯車を回す旅”

本陣伊藤邸跡

伊藤家は町内の大年寄で、奉行を務めた家柄でした。同家は参勤交代時、大名の宿となる本陣をつとめました。 幕末の当主は、シーボルトや坂本龍馬との親交が篤く、龍馬が京都で暗殺された時も妻のお龍(りょう)はここに滞在していました。現在は「本陣伊藤邸址」の碑…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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本陣伊藤邸跡

長州藩下屋敷跡

【施設概要】江戸時代初め、長州藩では江戸における屋敷が手狭になったため、幕府に願い出て寛永13年に麻布龍土町に新しい屋敷を拝領しました。 当初は27,000坪余りだった敷地は、後年には周辺の空き地も買い足して36,080坪にもなり、付近の山や谷まで…

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長州藩下屋敷跡

上山文英堂本店跡

1923(大正12)年、20歳の金子みすゞが、山口県大津郡仙崎村(今の長門市仙崎)から移り住んだ地です。みすゞは、この地におよそ3年半住み、勤め先の商品館内の上山文英堂支店へ通いながら、たくさんの詩を創作しました。結婚ののち、1930(昭和5)年3月10日、26歳で亡く…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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上山文英堂本店跡

森田家住宅

森田家は庄屋を勤めた家柄で、藩政時代藩主毛利氏の鷹狩りの際、休息所にあてられたといわれています。江戸時代の上層農家の遺構として貴重なものです。

  • 萩・長門エリア
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森田家住宅

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

この地は、長州藩主毛利氏の一門、厚狭毛利家の屋敷のあったところで、屋敷は全長51mの長大な長屋、屋根は一重入母屋造り瓦ぶき、式台および縁付で、中間部屋もある代表的な武家屋敷長屋です。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町に…

  • 萩・長門エリア
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旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

廻船業の歴史や阿知須地域の民俗資料が見れる

江戸時代中期から明治初期に廻船業の港町として栄えた阿知須浦地区は、火事から家を守るため居蔵造の家屋が建てられ、現在でもその面影を残した白壁の街並みが残っています。いぐらの館は、明治17年に建てられた居蔵造の中川邸を改修したもので、館内には廻船業の歴史…

  • 山口・防府エリア
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旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

鷹司邸跡

【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)の際、長州藩兵が立て籠もり、長州藩兵が放った火で邸宅が燃え盛るなか、久坂玄瑞らが自ら命を絶った。

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鷹司邸跡

西周旧居

哲学者西周の育った家。母屋の右側にある土蔵の小さな部屋で、寸暇を惜しんで勉強し、後に日本で初めてできた東京高等師範学校の初代校長に就任、更には福沢諭吉らとともに、西洋の学問、文化思想、特に西洋哲学を日本に最初に紹介した人で、明治文化の先駆者として活…

  • 山口・防府エリア
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西周旧居

高杉晋作療養の地

高杉晋作は小倉戦争で、長州軍を指揮して幕府軍と戦いましたが、この戦いで持病の結核が悪化し、桜山神社の近くに小さな家を建てて、野村望東尼(のむらもとに)、愛人おうのの看病による療養生活を送りました。*写真の「高杉東行」の「東行」とは、晋作の号のことで…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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高杉晋作療養の地

楫取素彦旧宅地

楫取素彦は1829年(文政12)、萩藩医松島瑞璠の次男として萩に生まれ、初め伊之助と称した。兄に洋学者の松島剛蔵がおり、12 歳の時に萩藩の儒者小田村吉平の養子となった。藩校明倫館で教授し、のち吉田松陰の妹寿と結婚して、松下村塾でも指導にあたった。四境戦争…

  • 萩・長門エリア
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楫取素彦旧宅地

三好写真館跡

金子みすゞは、亡くなる前日の1930年(昭和5)3月9日、亀山八幡宮参道そばの、この場所にあった三好写真館で、最後の写真を撮りました。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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三好写真館跡

国木田独歩旧宅

【全体概要】国木田独歩は、20歳前後の多感な時期を柳井で過しました。この頃の出来事や思い出をもとに、『少年の悲哀』『置土産』などの作品に著されています。この旧宅は、独歩一家が、明治26年頃に住んでいた家を移築し、保存したものです。独歩が愛用した「月琴」…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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国木田独歩旧宅

旧湯川家屋敷

藍場川沿いにある情緒あふれる武家屋敷

藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られた…

  • 萩・長門エリア
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旧湯川家屋敷
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