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奇兵隊陣屋跡
慶応元年(1865)に拠点を吉田に移した奇兵隊が、慶応3年(1867)8月から明治2年(1869)11月の解散まで陣屋(本陣)を置いたところ。400人の隊士が厳しい規律に従って訓練に明け暮れました。当時の堤防が名残をとどめています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

何遠亭
幕末、尊皇攘夷派の三条実美ら七人の公卿が幕府に退京を命じられました。毛利敬親がこれらを迎えるために、井上家(現・井上公園)を増設した建物を再現して建てられました。無料の休憩スペースとして開放されています。
- 山口・防府エリア

鷹司邸跡
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)の際、長州藩兵が立て籠もり、長州藩兵が放った火で邸宅が燃え盛るなか、久坂玄瑞らが自ら命を絶った。
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本陣伊藤邸跡
伊藤家は町内の大年寄で、奉行を務めた家柄でした。同家は参勤交代時、大名の宿となる本陣をつとめました。 幕末の当主は、シーボルトや坂本龍馬との親交が篤く、龍馬が京都で暗殺された時も妻のお龍(りょう)はここに滞在していました。現在は「本陣伊藤邸址」の碑…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

築山跡(大内氏遺跡)
八坂神社、築山神社の境内がその地で、大内氏別邸築山館の跡。築山館は80間四方を土塁で囲み、その外面は大石をたたみあげられていました。この土塁も天明3年頃(1783)西北の隅を残してくずされ、その土で庭園の池を埋めてしまったと伝えられています。
- 山口・防府エリア

旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)
廻船業の歴史や阿知須地域の民俗資料が見れる
江戸時代中期から明治初期に廻船業の港町として栄えた阿知須浦地区は、火事から家を守るため居蔵造の家屋が建てられ、現在でもその面影を残した白壁の街並みが残っています。いぐらの館は、明治17年に建てられた居蔵造の中川邸を改修したもので、館内には廻船業の歴史…
- 山口・防府エリア

古江小路・菅家長屋門
練塀が続く城下町の風情を感じる通り
長府毛利藩は天保年間に「達豊浦家中一統家作定書」を発令し、藩士の身分により家屋造作の制限を行いました。城下町長府の特色は、門や長屋それに続く練塀と石垣、その内側の植裁など、街路に面した構えにあります。形態としては、切り盛りした土地に石垣を築き、その…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

上山文英堂本店跡
1923(大正12)年、20歳の金子みすゞが、山口県大津郡仙崎村(今の長門市仙崎)から移り住んだ地です。みすゞは、この地におよそ3年半住み、勤め先の商品館内の上山文英堂支店へ通いながら、たくさんの詩を創作しました。結婚ののち、1930(昭和5)年3月10日、26歳で亡く…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

西周旧居
哲学者西周の育った家。母屋の右側にある土蔵の小さな部屋で、寸暇を惜しんで勉強し、後に日本で初めてできた東京高等師範学校の初代校長に就任、更には福沢諭吉らとともに、西洋の学問、文化思想、特に西洋哲学を日本に最初に紹介した人で、明治文化の先駆者として活…
- 山口・防府エリア

宮市本陣兄部家
【全体概要】鎌倉時代から周防国合物商の長職だった宮市の商人兄部家。1642年(寛永19)に宮市本陣に定められ、西国の大名や幕府の上級役人が宿泊するようになりました。
- 山口・防府エリア

伊藤博文別邸
伊藤博文が明治40年(1907)に東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた建物の一部を、萩市が無償譲渡を受けて伊藤博文旧宅側に移築したものです。
- 萩・長門エリア

国登録有形文化財 旧市長公舎
和と洋が融合した大正時代の建築物
大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…
- 岩国・柳井・周南エリア

世界遺産登録10周年企画 萩城下町周遊プログラム(リアル宝…
宝の地図をもとに、萩城下町内に点在する手がかりを集め、謎を…
宝の地図をもとに、萩城下町内に点在する手がかりを集め、謎を解き、お宝を探し出すイベントです。果たして、あなたは全ての謎を解き明かし、時を超えて守り継がれた「萩のお宝」を見つけ出すことができるでしょうか?宝箱を発見した方には萩・明倫学舎で、世界遺産記…
- 萩・長門エリア

雲谷庵跡
天花の七尾山麓にあります。ここは中世の画聖雪舟のアトリエがあったところです。雪舟は大内氏の招きにより40歳頃に山口に来て、48歳の応仁元年(1467)に遣明船に乗り中国に渡りました。帰国後も雲谷庵に住み作画活動と弟子の養成につとめましたが、永正3年(1506)…
- 山口・防府エリア

旧湯川家屋敷
藍場川沿いにある情緒あふれる武家屋敷
藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られた…
- 萩・長門エリア

森田家住宅

木戸孝允別邸跡
【施設概要】木戸孝允は萩城下の出身です。幕末の頃は桂小五郎の名で知られ、尊攘、討幕運動に奔走しました。 維新後は明治政府の参議となり、版籍奉還、廃藩置県などを推進し、明治4年には岩倉欧米使節団に加わり外遊。明治10年5月26日、西南戦争のさ中に京都…
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城下町とっておき体験プラン ”今 むかし 時間の歯車を回す旅”
萩城下町のいいとこどり非日常体験
着物を着る、人力車で巡る、お抹茶を点てる…江戸の城下町風情が色濃く残る萩のまちで3つの体験がセットで楽しめる体験プランです。着物体験・抹茶体験・人力車体験を組み合わせてお楽しみいただけます。
- 萩・長門エリア

桂太郎旧宅
内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…
現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…
- 萩・長門エリア

高杉晋作療養の地
高杉晋作は小倉戦争で、長州軍を指揮して幕府軍と戦いましたが、この戦いで持病の結核が悪化し、桜山神社の近くに小さな家を建てて、野村望東尼(のむらもとに)、愛人おうのの看病による療養生活を送りました。*写真の「高杉東行」の「東行」とは、晋作の号のことで…
- 下関・秋吉台・宇部エリア








