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脱隊諸士招魂の碑

脱退諸士を慰霊する招魂碑

1869(明治2)年、藩政府は奇兵隊を含む諸隊を再編する兵制改革を行いました。これを不服とした約2千人の隊士が内乱を起こし、鎮圧され、首謀者らはこの地で処刑斬首されました。その霊を弔うため招魂碑が建てられました。 

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脱隊諸士招魂の碑

錦の御旗製作所跡

慶応3年(1867)討幕の勅命が下り、品川弥二郎は京都西陣で材料を購入し、ここにあった養蚕所の一室で御旗の製作にあたりました。ここで製作された錦の御旗が、鳥羽伏見の戦において官軍の陣頭に立てられました。

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錦の御旗製作所跡

四十八瀬川沿い/ほたる

四十八瀬川流域の柳井田付近から釜ヶ淵付近には、ゲンジボタルが群生しています。

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四十八瀬川沿い/ほたる

井上馨の墓

長州ファイブの1人  井上馨

井上は長州藩士井上家の次男として天保6年(1835)に湯田で生まれ、大正4年(1915)東京で亡くなりました。のちに分霊が洞春寺に祀られました。洞春寺は、永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在…

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井上馨の墓

野谷の石風呂

1186年(文治2)ころ、俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が東大寺を建て直すための役割を担い、佐波郡の山中から多くの建築用材を奈良に送る仕事をしました。野谷の石風呂は、作業をする人たちの病気治療のために重源がつくった施設の一つです。石風呂は石を…

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野谷の石風呂

朝倉八幡宮

【全体概要】幕末、山口に落ち延びてきた三条実美ら七卿が湯田に滞在していたとき、尊皇攘夷の祈願のため朝倉八幡宮に度々参拝しました。

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朝倉八幡宮

飯ヶ岳

【ビューポイント】すぎ、ひのき、もみ、けやき等が植栽され、面積2,500ha余りに及ぶ全国屈指の国有林となっています。一帯の渓谷美、紅葉とともにみごとな美林を形成しています。散策が楽しめます。

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飯ヶ岳

木戸山

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木戸山

栄山自然観察の森

自然を体験、学習する場として整備された「栄山自然観察の森」。野鳥・植物・昆虫などを歩きながら観察できる散策路や冒険路があり、展望台からは、山口市街、遠くは九州国東の島々などの眺望を楽しむことができます。

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栄山自然観察の森

棯畑のノハナショウブ自生地

山口市棯畑の山中、標高約380mの湿地帯にあるノハナショウブ自生地です。ノハナショウブはハナショウブの野生の品種で、アヤメ科の多年草植物。平地のハナショウブの名所と比べ、見頃はやや遅めの6月中旬頃です。県指定天然記念物であり、自生地の周囲は柵で囲まれて…

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棯畑のノハナショウブ自生地

広沢寺

山号は万年山、曹洞宗のお寺で、本尊は薬師如来です。この寺は大内氏26代盛見の子教幸の菩提寺で、文明年間(1470頃)の創建です。はじめ山口古熊にありましたが、明治3年現在の地に移ってきました。

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広沢寺

長沢の池

潅漑用の人工池で、付近に大村益次郎をまつる大村神社などの史跡があり、風光にもすぐれています。

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長沢の池

西鳳翩山

【ビューポイント】東西峰に分かれている鳳翩山のうちの西鳳翩山。東鳳翩山よりも高い頂上からの展望はすばらしく、瀬戸内海、秋吉台などが眺められます。

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西鳳翩山

常栄寺のモリアオガエル繁殖地

モリアオガエルは、日本固有種で、樹上に産卵する珍しい大型のカエル。日本においては、ほぼ本州全域に生息しているが、山口県はその分布の西限です。常栄寺の四明池は、環境が安定しており、毎年5月~7月の繁殖期に、合計100個以上の卵塊が観察できる県内有数のモリ…

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常栄寺のモリアオガエル繁殖地

所郁太郎の墓

所は美濃国出身で、京都で医者として開業していましたが幕府に追われ、山口で開業しました。慶応元年(1865)27歳で病死しました。

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所郁太郎の墓

円龍寺

井上馨が切りつけられた際、俗論派の刺客はここに集合し、待ち伏せしました。刺客の中には、井上馨の従弟もいました。

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円龍寺

鷺流狂言

山口市の鷺流狂言は長州藩お抱え狂言に発しています。能楽とともに室町時代にできあがりました。その後、狂言師春日庄作が、明治20年頃に市内野田に能舞台が創設されたのを機に山口に定住し、芸を伝えました。

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鷺流狂言

大林寺

曹洞宗で、山号は岩戸山、創建はわかりませんが、江戸時代領主であった宍道就判が元禄6年(1693)再建し、大林寺と寺号が改められました。

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大林寺

大村益次郎医学記念碑

江戸時代、ここには長州藩の獄舎と処刑場がありました。大村益次郎がここで処刑された女囚の解剖を行い、藩の医学校山口好生堂の生徒に見学させ、講義をしました。近代医学黎明の地として記念碑が建てられています。

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大村益次郎医学記念碑

十二の神舞

日本神話の岩戸開きと、八頭のおろち退治及び四季の神話からなっています。大体神話が主であるが、後にいろいろな舞が加えてあります。

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十二の神舞
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