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森林セラピーガイドツアー

森林セラピーとは、科学的に裏付けされた森林浴効果を心と身体の健康づくりに活かそうとする取り組みです。徳地森林セラピー基地では、山口市認定の「森の案内人」が、皆様のご希望の日時で「森林セラピーガイドツアー」を実施しています。 ◎森林セラピー山口ウ…

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森林セラピーガイドツアー

秋穂霊場八十八ケ所

国内最古と伝えられる写し四国

この霊場は天明3年(1783年)、約230年前に遍明院第八世の性海法印(住職)が四国八十八ヶ所を巡拝して、各札所の護符と土砂を秋穂に大切に持ち帰り、秋穂各地に祀り、祈願し、その場所を「秋穂霊場札所」としたのが始まりです。四国八十八ヶ所の写し霊場「写し四国」とし…

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秋穂霊場八十八ケ所

萩往還(山口)

萩往還は、慶長9年(1604)の萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ直線で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、全長およそ53キロメートルの街道。近世の民衆や維新の志士たちの交通路としても重要な役割を果たしてきた古道です。山口市内の関連の遺跡として…

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萩往還(山口)

赤禰武人処刑場の碑

赤禰は3代目奇兵隊総督となり活躍しましたが、藩内の俗論派と正義派諸隊の調停を図ったことが二重スパイと疑われ、この地で処刑されました。

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赤禰武人処刑場の碑

平清水八幡宮本殿

社伝によると吉田、恒冨の鎮守として、大同4年(809)に豊前の宇佐八幡宮から神霊を迎えて創建したものとされています。平清水の社号は、神殿の右側にある泉が、日照でも、豪雨でも、水量が一定していることからつけられたといわれています。本殿は、三間社流造りで、…

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平清水八幡宮本殿

脱隊諸士招魂の碑

脱退諸士を慰霊する招魂碑

1869(明治2)年、藩政府は奇兵隊を含む諸隊を再編する兵制改革を行いました。これを不服とした約2千人の隊士が内乱を起こし、鎮圧され、首謀者らはこの地で処刑斬首されました。その霊を弔うため招魂碑が建てられました。 

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脱隊諸士招魂の碑

円龍寺

井上馨が切りつけられた際、俗論派の刺客はここに集合し、待ち伏せしました。刺客の中には、井上馨の従弟もいました。

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円龍寺

長寿寺

慶応元年(1865)御楯隊の駒井政五郎が鴻城軍を組織し、長寿寺を本部として活動しました。

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長寿寺

狐塚古墳

前方後円墳で6世紀頃に栄えた豪族のものと言われています。

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狐塚古墳

栄山自然観察の森

自然を体験、学習する場として整備された「栄山自然観察の森」。野鳥・植物・昆虫などを歩きながら観察できる散策路や冒険路があり、展望台からは、山口市街、遠くは九州国東の島々などの眺望を楽しむことができます。

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栄山自然観察の森

十二の神舞

日本神話の岩戸開きと、八頭のおろち退治及び四季の神話からなっています。大体神話が主であるが、後にいろいろな舞が加えてあります。

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十二の神舞

周防明倫館兵学寮跡

長州藩士 上田鳳陽が創立した山口講習堂が山口明倫館と改称しました。山口明倫館は文学寮と兵学寮とに分かれ、文学寮には小学舎及び編集局、兵学寮には歩兵・騎馬・砲兵の三兵塾がありました。

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周防明倫館兵学寮跡

正護寺

臨済宗で山号を方松山といいます。この寺は、大内氏の一族右田氏から分れた、弘賢が13世紀末にこの陶の地を領し、地名を氏とし、陶氏を名乗るようになりました。陶弘賢はこの正護寺の前方の台地に屋形を築き、政務をとりました。現在屋形の土塁の一部が残っています。…

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正護寺

山口県文書館

藩政文書(毛利家文庫ほか)、諸家文書、行政文書(重要文化財「山口県行政文書」ほか)、行政資料(リーフレット・ポスターほか)、特設文庫などの資料が閲覧できます。

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山口県文書館

陶の腰輪踊

8月28日に、陶の八雲神社(荒神社)の神事として境内で舞われる踊り。八雲神社に所蔵されている「当屋名寄帳」によると、およそ400年以上前から、念仏踊りとして行われていたことが分かります。この踊りは、馬の病難除けを祈るための舞いで、踊り子が御幣を下げた竹の…

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陶の腰輪踊

小鯖代神楽舞

毎年秋の小鯖八幡宮例祭の時、神社の境内で舞われる代神楽舞。江戸時代の初期に、住民の家内安全・繁昌を祈って、宮内の名子(農民)を伊勢に参らせ、伝承を受けたと言われ、古来、氏神八幡宮の所在地である宮河内地区に伝わり、恒例として、毎年4月16日と10月16日の…

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小鯖代神楽舞

陶陶窯跡

陶陶窯跡は、須恵器を焼いた窯で、平安時代初期に使われたものと思われます。この地方の地名を陶ということからわかるように、この地では古くから窯業が盛んに行われていました。現在陶地区の北側の山裾一帯には広く須恵器の破片が散布しており、各所に窯跡と見られる…

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陶陶窯跡

才谷古墳

【全体概要】才谷古墳は横穴式石室を内部主体とする小円墳で、昭和51年中国自動車道の建設に伴い発見された徳地町唯一の古墳である。古墳時代の後期の小型横穴式石室で使用石材はすべて角のとれた河原石で丁寧に組んである。

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才谷古墳

大村神社

幕末の兵学者で明治維新の功労者・大村益次郎を祀る神社

幕末の兵学者で明治維新の隠れた功労者・大村益次郎を祀る神社で、長沢池の北、鋳銭司郷土館の隣に位置しています。もとの社は、北へ約500mの山中にある墓のそばにあったが、昭和21年に現在の地へ移されました。境内からは長沢池の全景が望めます。

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大村神社

御茶屋臨野堂跡

毛利氏が設けた御茶屋で、吉田松陰や高杉晋作、木戸孝允など維新の志士たちが密議の場としてしばしば利用したのが臨野堂です。

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御茶屋臨野堂跡
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