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木戸孝允別邸跡

【施設概要】木戸孝允は萩城下の出身です。幕末の頃は桂小五郎の名で知られ、尊攘、討幕運動に奔走しました。 維新後は明治政府の参議となり、版籍奉還、廃藩置県などを推進し、明治4年には岩倉欧米使節団に加わり外遊。明治10年5月26日、西南戦争のさ中に京都…

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木戸孝允別邸跡

森田家住宅

森田家は庄屋を勤めた家柄で、藩政時代藩主毛利氏の鷹狩りの際、休息所にあてられたといわれています。江戸時代の上層農家の遺構として貴重なものです。

  • 萩・長門エリア
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森田家住宅

周防明倫館兵学寮跡

長州藩士 上田鳳陽が創立した山口講習堂が山口明倫館と改称しました。山口明倫館は文学寮と兵学寮とに分かれ、文学寮には小学舎及び編集局、兵学寮には歩兵・騎馬・砲兵の三兵塾がありました。

  • 山口・防府エリア
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周防明倫館兵学寮跡

三好写真館跡

金子みすゞは、亡くなる前日の1930年(昭和5)3月9日、亀山八幡宮参道そばの、この場所にあった三好写真館で、最後の写真を撮りました。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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三好写真館跡

前原一誠旧宅跡

【全体概要】明治9年10月26日に起きた萩の乱の中心人物、前原一誠の旧宅跡が山陽小野田市旦西の台地、登り窯の近くにあります。2度にわたる改築で家の様相は変わっていますが、当時からの古井戸、屋敷神、カキの古木など、往時の面影を感じることができるものと…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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前原一誠旧宅跡

桂太郎旧宅

内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…

現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…

  • 萩・長門エリア
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桂太郎旧宅

渡辺蒿蔵旧宅

渡辺蒿蔵は、天保14年(1843年)萩藩士渡辺家に生まれ、15歳の安政4年(1857年)松下村塾に入塾、吉田松陰から「奇物」と期待されました。97歳まで健在で、松陰に学んだ松下村塾生で最も長生きした人物です。21歳の文久3年(1863年)奇兵隊に入り、元治元年(1864年)禁門…

  • 萩・長門エリア
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渡辺蒿蔵旧宅

上山文英堂本店跡

1923(大正12)年、20歳の金子みすゞが、山口県大津郡仙崎村(今の長門市仙崎)から移り住んだ地です。みすゞは、この地におよそ3年半住み、勤め先の商品館内の上山文英堂支店へ通いながら、たくさんの詩を創作しました。結婚ののち、1930(昭和5)年3月10日、26歳で亡く…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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上山文英堂本店跡

坪井九右衛門旧宅

江戸石単を務め、天保の改革に尽しましたが、村田清風と意見を異としました。

  • 萩・長門エリア
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坪井九右衛門旧宅

伊藤博文別邸

伊藤博文が明治40年(1907)に東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた建物の一部を、萩市が無償譲渡を受けて伊藤博文旧宅側に移築したものです。

  • 萩・長門エリア
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伊藤博文別邸

黒川写真館跡

金子みすゞが、20歳の記念写真を撮ったのが、この地にあった黒川写真館(今の村田写真館)といわれています。このころから、ペンネーム「みすゞ」で詩を書き、雑誌『童話』、『婦人倶楽部』、『金の星』などに投稿を始めました。その後、西條八十に認められ、「若き童…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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黒川写真館跡

玉木文之進旧宅

【全体概要】松陰の叔父で、松下村塾を創めました。松陰の師にあたり、乃木希典はこの家から明倫館に通いました。【その他】●周辺観光施設●松陰神社、松下村塾、伊藤博文別邸、伊藤博文旧宅、東光寺など

  • 萩・長門エリア
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玉木文之進旧宅

六軒茶屋跡(萩往還)

萩往還は、慶長9年(1607)萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ最短で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、延長52.7キロメートルの街道です。萩往還には旅人の休憩の場として茶屋が所々に設けられていました。その茶屋の中で、萩往還最大の難所、一の坂に…

  • 山口・防府エリア
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六軒茶屋跡(萩往還)

井上勝旧宅跡

萩藩士井上勝行の三男として萩城下土原に生まれる。幕末の一時期、野村弥吉と称した。安政2年(1855)、開明派として知られた父に従い、江戸・浦賀に赴く。同5年、藩命により長崎でオランダ士官より兵学を学ぶ。文久3年(1863)には井上馨(聞多)・伊藤博文(俊輔)…

  • 萩・長門エリア
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井上勝旧宅跡

萩藩新地会所跡

萩本藩の出先機関だったところで、高杉晋作たちが、俗論派政権打倒のため最初に襲撃し、占拠した場所です。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
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萩藩新地会所跡

国木田独歩旧宅

【全体概要】国木田独歩は、20歳前後の多感な時期を柳井で過しました。この頃の出来事や思い出をもとに、『少年の悲哀』『置土産』などの作品に著されています。この旧宅は、独歩一家が、明治26年頃に住んでいた家を移築し、保存したものです。独歩が愛用した「月琴」…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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国木田独歩旧宅

雲谷庵跡

天花の七尾山麓にあります。ここは中世の画聖雪舟のアトリエがあったところです。雪舟は大内氏の招きにより40歳頃に山口に来て、48歳の応仁元年(1467)に遣明船に乗り中国に渡りました。帰国後も雲谷庵に住み作画活動と弟子の養成につとめましたが、永正3年(1506)…

  • 山口・防府エリア
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雲谷庵跡

旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

廻船業の歴史や阿知須地域の民俗資料が見れる

江戸時代中期から明治初期に廻船業の港町として栄えた阿知須浦地区は、火事から家を守るため居蔵造の家屋が建てられ、現在でもその面影を残した白壁の街並みが残っています。いぐらの館は、明治17年に建てられた居蔵造の中川邸を改修したもので、館内には廻船業の歴史…

  • 山口・防府エリア
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旧中川家住宅(阿知須「いぐらの館」)

青木周弼旧宅

【全体概要】幕末の長州藩医・青木周弼の住んでいた屋敷。医師としてだけでは無く、蘭学医としても全国でも屈指の人物。季節ごとに萩にちなんだ展示が行われる。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。

  • 萩・長門エリア
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青木周弼旧宅

国登録有形文化財 旧市長公舎

和と洋が融合した大正時代の建築物

大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…

  • 岩国・柳井・周南エリア
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国登録有形文化財 旧市長公舎
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