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築山跡(大内氏遺跡)
八坂神社、築山神社の境内がその地で、大内氏別邸築山館の跡。築山館は80間四方を土塁で囲み、その外面は大石をたたみあげられていました。この土塁も天明3年頃(1783)西北の隅を残してくずされ、その土で庭園の池を埋めてしまったと伝えられています。
- 山口・防府エリア

鷹司邸跡
【全体概要】蛤御門の変(元治元(1864)年)の際、長州藩兵が立て籠もり、長州藩兵が放った火で邸宅が燃え盛るなか、久坂玄瑞らが自ら命を絶った。
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乃木旧邸
軍人として広くその名を知られ、明治天皇大葬の日に殉死した乃木希典(まれすけ)を文武両道の神として祀るため1920年(大正9年)に創建された乃木神社の境内にあります。乃木家が16年間過ごした旧宅を1914年(大正3年)に復元したもので、またゆかりの遺品を展…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

問田益田氏旧宅土塀
萩藩の重臣で4,000石を領した問田益田氏旧宅の土塀。堀内地区は萩藩重臣の邸宅が並んでいた所で、中でもこの土塀は最もよく旧態を留めています。市指定文化財。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
- 萩・長門エリア

楫取素彦旧宅地
楫取素彦は1829年(文政12)、萩藩医松島瑞璠の次男として萩に生まれ、初め伊之助と称した。兄に洋学者の松島剛蔵がおり、12 歳の時に萩藩の儒者小田村吉平の養子となった。藩校明倫館で教授し、のち吉田松陰の妹寿と結婚して、松下村塾でも指導にあたった。四境戦争…
- 萩・長門エリア

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
この地は、長州藩主毛利氏の一門、厚狭毛利家の屋敷のあったところで、屋敷は全長51mの長大な長屋、屋根は一重入母屋造り瓦ぶき、式台および縁付で、中間部屋もある代表的な武家屋敷長屋です。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町に…
- 萩・長門エリア

三好写真館跡

長州藩下屋敷跡
【施設概要】江戸時代初め、長州藩では江戸における屋敷が手狭になったため、幕府に願い出て寛永13年に麻布龍土町に新しい屋敷を拝領しました。 当初は27,000坪余りだった敷地は、後年には周辺の空き地も買い足して36,080坪にもなり、付近の山や谷まで…
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御茶屋臨野堂跡

木戸孝允別邸跡
【施設概要】木戸孝允は萩城下の出身です。幕末の頃は桂小五郎の名で知られ、尊攘、討幕運動に奔走しました。 維新後は明治政府の参議となり、版籍奉還、廃藩置県などを推進し、明治4年には岩倉欧米使節団に加わり外遊。明治10年5月26日、西南戦争のさ中に京都…
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桂太郎旧宅
内閣総理大臣を3度つとめた、拓殖大学の創立者である桂太郎の…
現存する旧宅は、少年時代を過ごした地に、明治42年(1909)に新築されたもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために作られています。藍場川の水を引き込んだ流水式池泉庭園には桂太郎公銅像が建っています。また…
- 萩・長門エリア

周防明倫館兵学寮跡
長州藩士 上田鳳陽が創立した山口講習堂が山口明倫館と改称しました。山口明倫館は文学寮と兵学寮とに分かれ、文学寮には小学舎及び編集局、兵学寮には歩兵・騎馬・砲兵の三兵塾がありました。
- 山口・防府エリア

六軒茶屋跡(萩往還)
萩往還は、慶長9年(1607)萩城築城後、その城下と三田尻(防府)をほぼ最短で結ぶ参勤交代道として開かれた陰陽連絡道で、延長52.7キロメートルの街道です。萩往還には旅人の休憩の場として茶屋が所々に設けられていました。その茶屋の中で、萩往還最大の難所、一の坂に…
- 山口・防府エリア

福原邸跡

国登録有形文化財 旧市長公舎
和と洋が融合した大正時代の建築物
大正15年に海軍燃料廠の廠長官舎として建てられ、昭和20年の終戦を迎えるまで歴代の廠長が住まわれていました。二度にわたる徳山大空襲を免れたこの木造住宅は、戦後、徳山市が払下げを受け、平成23年まで市長公舎として使用してきました。旧市長公舎は、洋館部分と和…
- 岩国・柳井・周南エリア

早川家住宅
長門の通浦は日本海岸にある青海島の漁港で、江戸時代には捕鯨が盛んでした。早川家はこの地の網頭をつとめた家柄で、住宅は海岸線に沿ったせまい道路に東面して建ち、背後は浜に続いています。この屋敷地は、もと廻船業を営んでいた黒川氏のもので、後に早川氏が買い…
- 萩・長門エリア

熊谷家住宅
【全体概要】1754年(宝暦4)以来、萩藩の御用達として栄えてきた豪商熊谷家の住宅建築です。現在の住宅は、熊谷五郎右衛門が分家して1768年に新築したものと伝えられ、広大な屋敷地に主家のほか、離れ座敷、土蔵など十数棟が建ち並んでいます。
- 萩・長門エリア

国木田独歩旧宅
【全体概要】国木田独歩は、20歳前後の多感な時期を柳井で過しました。この頃の出来事や思い出をもとに、『少年の悲哀』『置土産』などの作品に著されています。この旧宅は、独歩一家が、明治26年頃に住んでいた家を移築し、保存したものです。独歩が愛用した「月琴」…
- 岩国・柳井・周南エリア

渡辺蒿蔵旧宅
渡辺蒿蔵は、天保14年(1843年)萩藩士渡辺家に生まれ、15歳の安政4年(1857年)松下村塾に入塾、吉田松陰から「奇物」と期待されました。97歳まで健在で、松陰に学んだ松下村塾生で最も長生きした人物です。21歳の文久3年(1863年)奇兵隊に入り、元治元年(1864年)禁門…
- 萩・長門エリア

旧周布家長屋門
【全体概要】旧三の丸の北の総門筋にあり、萩城跡の指定地域に含まれています。萩藩大組で1,530石を領した周布治部家の長屋門で市指定文化財。2015年7月明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された萩城下町にあります。
- 萩・長門エリア








