検索結果

782件ありました
並び順
アクセス数順
更新順
現在地から近い順
表示切り替え
タイル
リスト
マップ

岩崎寺

平安時代中期~鎌倉時代初期の仏像が安置

【全体概要】「注進案」によれば坂上田村麻呂の創建、本尊は弘法大師作。境内の観音堂には、1年に1度だけ開帳される千手観音や釈迦如来など藤原期の仏像7駆が安置されています。県指定文化財。(昭和58年4月5日指定)

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_15514.html
岩崎寺

西圓寺

西圓寺は長門市の青海島にある浄土宗の古刹です。入口は正面でなく、本堂左右両端に男女の入口を別々とする特異な形式をもっています。山門は、江戸時代に萩の大照院にありましたが、明治前期に西圓寺に移ったものです。また、冬の終わりには梅が咲き、夏季には青蓮を…

  • 萩・長門エリア
detail_13453.html
西圓寺

大覚寺

大覚寺は、阿武町奈古駅の北東方約500mにある古い寺で、元は光応寺(こうおうじ)と呼んでいたのを、1611年(慶長15)に大覚寺と改め、境内も整備したといわれています。雲州富田城主尼子義久の墓やビャクシンの巨樹があります。

  • 萩・長門エリア
detail_15671.html
大覚寺

高橋利兵衛の墓

元治元年(1864年)2月12日,攘夷派は薩摩が攘夷を唱えながら外夷と通商していることに怒り、室津に駐屯する義勇隊士が,近くの田布施別府浦に碇泊中だった薩摩藩御用商人の船を積荷もろとも焼き捨て、船主を殺害するという事件が起きた。同月26日事件に関わ…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_17155.html
高橋利兵衛の墓

香川家長屋門

岩国藩の家老であった香川家の住宅の表門で、1693年に香川正恒が建立。瓦に1個づつ家紋が刻してある長屋門の他に、通用門、平時門などがあり、身分、用件によって使いわけられていました。

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11373.html
香川家長屋門

江龍寺

【全体概要】別名「俊道様のお寺」と呼ばれ,お酒を供えてお参りすれば「腰から下の病はなんでも治す」ことで有名。

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11605.html
江龍寺

国森古墳

国森古墳は、田布施川に臨む標高約41mの丘陵の突端部に造られた古墳時代初期の、方形に土を盛り上げた方墳。墳丘の規模は、南北は約27.5mと見られ、東西は張り出し部を含めて約30m、高さ約4m。頂上の部分には南北の長さ8.6m、東西の幅6m、深さ約1.5mの二段掘り…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_11804.html
国森古墳

豊功神社

明治元年(1868年)、旧藩主毛利家の霊屋として創建。境内からは満珠・干珠を眼下に望めます。初日の出の名所としても有名。見学自由。

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_16273.html
豊功神社

恩徳寺の結びイブキ

イブキはヒノキ科の常緑高木で、結びイブキは恩徳寺の境内にある、高さ6m、目の高さの幹周り3.4mの巨木。地上2mのところで多くの枝に分かれ、地上約2.5mで、多数の枝が互いにからみあい、珍しい樹形をしています。本堂前には幼樹ニ本が植えられています。恩徳寺は…

  • 下関・秋吉台・宇部エリア
detail_11087.html
恩徳寺の結びイブキ

立石孫一郎の碑

第二奇兵隊幹部の立石孫一郎は、倒幕を急ぐあまり仲間を引き連れて隊を脱走し、倉敷代官所などを襲撃しました。その後、幕軍に追われることとなり、慶応2年(1866年)藩命に背いたとされ千歳橋の橋上で暗殺されました。その場所の近くに、石碑と小さな祠が建てら…

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_17339.html
立石孫一郎の碑

森田家住宅

森田家は庄屋を勤めた家柄で、藩政時代藩主毛利氏の鷹狩りの際、休息所にあてられたといわれています。江戸時代の上層農家の遺構として貴重なものです。

  • 萩・長門エリア
detail_13927.html
森田家住宅

しらかべ学遊館

柳井の歴史や伝統文化に触れながら楽しく学べる展示学習館

しらかべ学遊館は、柳井の白壁の町並みの中に位置し、江戸時代後期から明治時代初期の頃に建築されたと推定される白壁土蔵造りの建物です。柳井の伝統や文化に関する展示が行われています。

  • 岩国・柳井・周南エリア
detail_15528.html
しらかべ学遊館

平安橋

平安古総門前の外堀にかけられている石橋ではじめ木橋であったが、明和年間(1764~72)に石橋にかけ換えられたと思われます。市指定文化財。

  • 萩・長門エリア
detail_14033.html
平安橋

正護寺

臨済宗で山号を方松山といいます。この寺は、大内氏の一族右田氏から分れた、弘賢が13世紀末にこの陶の地を領し、地名を氏とし、陶氏を名乗るようになりました。陶弘賢はこの正護寺の前方の台地に屋形を築き、政務をとりました。現在屋形の土塁の一部が残っています。…

  • 山口・防府エリア
detail_12418.html
正護寺

明倫館遺構聖賢堂

 聖賢堂は藩校明倫館の聖廟前、観徳門の左右にあった東塾・西塾の遺構である。 明倫館廃校の後、両塾を合わせて1棟とし、市内東田町の阿呼社境内に移築されていたが、大正7年(1918)に再び元の地の明倫館跡へ移された。 建物は切妻造り、起こり屋根桟瓦葺き…

  • 萩・長門エリア
detail_14154.html
明倫館遺構聖賢堂

虎ヶ崎

市の北に伸びた半島笠山の最先端。ヤブ椿が群生。

  • 萩・長門エリア
detail_15903.html
虎ヶ崎

下横瀬公民館(旧明木村立図書館)

【全体概要】前身は旧明木村立図書館。全国初の村立図書館として建設されたが、昭和33年に現在地に移築し、地区公民館として使用されています。木造平屋建て44平方m。

  • 萩・長門エリア
detail_13832.html
下横瀬公民館(旧明木村立図書館)

常念寺表門

【全体概要】常念寺の境内にある表門は、ひかえ柱をもった桁行3.66m、梁間3.12mの四脚門で、切妻造り本瓦葺きで、両袖にくぐり戸がついています。寺伝によれば、この門は、もと京都聚楽第にあった裏門とされ、これを豊臣秀吉から毛利輝元がもらい受けて伏見の自邸に…

  • 萩・長門エリア
detail_14138.html
常念寺表門

伊藤博文別邸

伊藤博文が明治40年(1907)に東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた建物の一部を、萩市が無償譲渡を受けて伊藤博文旧宅側に移築したものです。

  • 萩・長門エリア
detail_15411.html
伊藤博文別邸

唐樋札場跡(萩往還)

萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。

  • 萩・長門エリア
detail_17056.html
唐樋札場跡(萩往還)