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南原寺
紅葉と四季折々の花が楽しめる山寺
桜山の九合目に位置する真言宗の古寺で、藩制時代の中頃から長門33ケ所の17番の札所となり、観音霊場として有名になりました。神功皇后や花山法皇の御陵があるといわれ、僧雪舟の心字池など歴史的な遺跡が多く、歴史の古さを物語っています。「ぼけ封じ観音」や「鳴る…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

楫取素彦夫妻の墓
萩藩出身で初代群馬県令などを務めたほか、坂本龍馬の長州への入国に貢献したことでも知られる楫取素彦とその妻美和子(=久坂文、吉田松陰の実妹)の墓です。また、楫取素彦の生涯と功績を紹介する顕彰標も建立されています。
- 山口・防府エリア

徳山毛利家墓所
初代徳山藩主毛利就隆から12代元靖までの歴代当主とその妻子の墓96基が祀られています。近世大名の葬制を知るうえで非常に貴重であり、城下町徳山の歴史を語るうえで重要な史跡です。(周南市指定文化財)
- 岩国・柳井・周南エリア

覚皇山永明寺
庭園は池泉観賞式の石見地方屈指の名苑
室町時代から続く古刹。茅葺きの本堂や日本庭園、文豪森鴎外や津和野城主に関する寺宝など拝観することができます。【おすすめポイント】自然豊かな山内で静かな時間を過ごせる文豪森鴎外の墓所や関連資料季節によって見え方の違った日本庭園を楽しめる【外国人の方へ…
- 山口・防府エリア

天徳寺
右田ヶ岳のふもとにある右田毛利氏の菩提寺
右田毛利氏の菩提寺である天徳寺は、寺の東の山麓に右田毛利家の墓所があります。樹齢800年といわれる大きなイチョウの木は、秋に美しい黄葉を見ることができます。境内には右田ヶ岳の登山口があるため、登山愛好家にも親しまれています。
- 山口・防府エリア

亀井家墓所

善福寺
室町時代に創建された寺。幕末の志士や著名な絵師の墓が残る
指月山善福寺は永享年間(1429~40)に指月山麓に創建された臨済宗の寺院で、毛利輝元の萩城築城のため、この地に移されました。天文19年(1550)大内義隆が寺領を保証した文書は「萩」の地名が書かれた最古の資料といわれています。竿の部分に人の形をした像が彫られ…
- 萩・長門エリア

小野小町の墓

大野毛利家墓所(海前寺跡)
大野毛利二代目「就詮」が眠る
大野毛利8,600石の領主、ご一族の菩提寺(ぼだいじ)であった海前寺というお寺があった場所です。お墓の手前や右側に栗の木や黒松、くろがねもち、梅の木などの庭木があり屋敷の跡を思わせるものがあります。海前寺跡大野毛利氏の二代就詮(なりあき)ら10基のお墓が…
- 岩国・柳井・周南エリア

大内義隆供養塔
室町時代の守護大名大内義隆が長門市大寧寺で自害、側室の子息が忍び逃れ、御舟子の養雲院の住職となり、義隆卿、正室、側室を供養するため建立した石塔が三基あります。
- 萩・長門エリア

萩キリシタン殉教者記念公園
【全体概要】萩城の石垣築造に際して、五郎太石(石垣の間に詰める石)が盗まれるいう紛争が益田元祥と熊谷元直、天野元信の間で始まり、石垣築造工事が2ヶ月以上も遅延し、毛利輝元は非は熊谷、天野両氏にありとして、一族11人を討ち滅ぼしました。これを五郎太石事…
- 萩・長門エリア

虚無僧墓

維新十三人墓
慶応3年(1867年)萩藩は、幕末期の馬関戦争、禁門の変において戦死した、都濃郡宰判管内出身者の奉斎のために、山添招魂社を設立した。その後、奇兵隊や戊辰戦争の戦死者が合祀されるなど、明治維新前後に国事に殉じた若者13人が祀られている。
- 岩国・柳井・周南エリア

中山忠光墓
中山忠光は、もともと孝明天皇につかえていた公家でした。幕末には、尊王攘夷派として活動し、武力によって幕府を倒そうとする天誅組の首領になりましたが、その戦いに敗れて長州へ逃げ、1864年(元治1)に暗殺されました。墓は、忠光を祀ってある中山神社境内にあり…
- 下関・秋吉台・宇部エリア

福田侠平の墓
福田侠平は山県有朋とともに奇兵隊の軍監を務め、高杉晋作や、他の隊士の信頼も厚かったと伝えられています。お墓は本人の希望により東行庵の高杉晋作の横にもありますが、ここには遺髪が埋められています。近隣の北辰妙見社には位牌が祀られています。
- 山口・防府エリア

大野毛利家墓所(秀巌寺)
大野毛利初代「就頼」の生母や正室が眠る
大野毛利初代就頼(なりより)の生母と正室ならびに正室の生母のお墓があり菩提寺として伝わっています。門をくぐった左手側にお墓があります。就頼は平生湾の開作を願いでて許可されました。海水を堰き止め、広大な140ヘクタールの干拓地を造るようになりました。
- 岩国・柳井・周南エリア

小方謙九郎の墓、小方市右衛門の墓、小方弘徳君碑
石碑は大正2年、小方謙九郎を称えて建てられたものです。小方謙九郎は高杉晋作が結成した奇兵隊に入隊し、馬関攘夷戦に参戦した後、第二奇兵隊の参謀となり、四境の役で活躍しました。維新後は室津に帰り、室津村の第一回村会議員を務め、四階楼を建てた石碑の隣には…
- 岩国・柳井・周南エリア

高橋利兵衛の墓
元治元年(1864年)2月12日,攘夷派は薩摩が攘夷を唱えながら外夷と通商していることに怒り、室津に駐屯する義勇隊士が,近くの田布施別府浦に碇泊中だった薩摩藩御用商人の船を積荷もろとも焼き捨て、船主を殺害するという事件が起きた。同月26日事件に関わ…
- 岩国・柳井・周南エリア

井上馨の墓
長州ファイブの1人 井上馨
井上は長州藩士井上家の次男として天保6年(1835)に湯田で生まれ、大正4年(1915)東京で亡くなりました。のちに分霊が洞春寺に祀られました。洞春寺は、永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在…
- 山口・防府エリア

児玉源太郎墓
【施設概要】児玉源太郎は、長州藩の支藩・徳山藩出身の陸軍軍人。 陸軍大学校長、台湾総督、陸相などを歴任した後、日露戦争では満州軍参謀長として全力を尽くして作戦指導にあたり、戦後まもなくの明治39年に、あたかも力尽きたかのように亡くなりました。 はじ…
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