条件指定検索
- カテゴリを選択
- エリアを選択
- 現在地からの距離を選択
- 現在の検索条件
- 墓所
検索結果
- 並び順
- アクセス数順
- 更新順
- 現在地から近い順
- 表示切り替え
- タイル
- リスト
- マップ
二尊院/宿坊えんとき
「楊貴妃伝説」で知られるお寺。宿坊では滝行・厄除けクルージ…
その昔、絶世の美女「楊貴妃」が難を逃れて小舟に乗り、この地に漂着したという伝説があります。境内には「楊貴妃の墓」と伝えられる五輪塔(県指定文化財)と、その菩提を弔うために安置された本尊である二尊仏「阿弥陀如来立像・釈迦如来立像」(国指定重要文化財・…
- 萩・長門エリア

天徳寺
右田ヶ岳のふもとにある右田毛利氏の菩提寺
右田毛利氏の菩提寺である天徳寺は、寺の東の山麓に右田毛利家の墓所があります。樹齢800年といわれる大きなイチョウの木は、秋に美しい黄葉を見ることができます。境内には右田ヶ岳の登山口があるため、登山愛好家にも親しまれています。
- 山口・防府エリア

和泉式部の墓
「恋多き女性」と評されるほど、情熱的な恋愛に関する歌を多く…
平安時代の歌人「和泉式部」が亡くなったと伝わる。和泉式部の墓は、円形に一段高く盛土された上に立てられています。式部は娘の小式部内侍を丘上の松原で安産されたので、その松原は「愛寝の松原」と呼ばれています。
- 下関・秋吉台・宇部エリア

大内義隆主従の墓所
室町時代、大内家は山口の町を中心に中国地方西部一帯から九州北部にかけて大きな力を持っていました。天文20年(1551)、重臣の陶すえ晴はる賢かたの謀反にあい、大内義隆は仙崎から海路九州へと逃れようとしたが叶わず、9月1日湯本の大寧寺で自じ刃じんしました。『…
- 萩・長門エリア

萩キリシタン殉教者記念公園
【全体概要】萩城の石垣築造に際して、五郎太石(石垣の間に詰める石)が盗まれるいう紛争が益田元祥と熊谷元直、天野元信の間で始まり、石垣築造工事が2ヶ月以上も遅延し、毛利輝元は非は熊谷、天野両氏にありとして、一族11人を討ち滅ぼしました。これを五郎太石事…
- 萩・長門エリア

覚皇山永明寺
庭園は池泉観賞式の石見地方屈指の名苑
室町時代から続く古刹。茅葺きの本堂や日本庭園、文豪森鴎外や津和野城主に関する寺宝など拝観することができます。【おすすめポイント】自然豊かな山内で静かな時間を過ごせる文豪森鴎外の墓所や関連資料季節によって見え方の違った日本庭園を楽しめる【外国人の方へ…
- 山口・防府エリア

福田侠平の墓
福田侠平は山県有朋とともに奇兵隊の軍監を務め、高杉晋作や、他の隊士の信頼も厚かったと伝えられています。お墓は本人の希望により東行庵の高杉晋作の横にもありますが、ここには遺髪が埋められています。近隣の北辰妙見社には位牌が祀られています。
- 山口・防府エリア

玉乃世履墓
【施設概要】玉乃世履は、幕末の岩国吉川藩の家臣です。主命により京都に遊学した玉乃は一流の学者に学ぶ一方、勤王の志士とも交流を深めました。岩国に帰郷してからは儒学者として活躍しつつ西洋兵学にも注目して地元で農兵を組織し洋式訓練を施し、この農兵が後の四…
detail_17352.html
高橋利兵衛の墓
元治元年(1864年)2月12日,攘夷派は薩摩が攘夷を唱えながら外夷と通商していることに怒り、室津に駐屯する義勇隊士が,近くの田布施別府浦に碇泊中だった薩摩藩御用商人の船を積荷もろとも焼き捨て、船主を殺害するという事件が起きた。同月26日事件に関わ…
- 岩国・柳井・周南エリア

赤祢武人墓所
柱島の西栄寺にある奇兵隊第三代総督赤祢武人墓所。柱島の医師の子として生まれた赤祢武人は、松下村塾で吉田松陰に学び、後に奇兵隊の第三代総督を務める。しかし、当時藩政を主導していた俗論派と正義派諸隊の調停を図ったことで二重スパイとして疑われることになる…
- 岩国・柳井・周南エリア

岩国藩主吉川家墓所
吉川家代々墓所。岩国に入府した岩国吉川家初代広家から、六代経永を除く十二代経幹までの当主及びその一族の墓が五十一基あります。墓所裏手の山際には「みみずくの手水鉢」があります。
- 岩国・柳井・周南エリア

山田顕義墓
護国寺は、五代将軍綱吉の生母桂昌院の発願で天和元年(1681)に創建された真言宗の寺院で、格式高い将軍家の菩提所です。本堂裏手は墓地になっており、三条実美、大隈重信など維新の元勲たちの巨大な墓標が競うように建てられています。長州藩出身の山縣有朋の墓もそ…
detail_17355.html
徳山毛利家墓所
初代徳山藩主毛利就隆から12代元靖までの歴代当主とその妻子の墓96基が祀られています。近世大名の葬制を知るうえで非常に貴重であり、城下町徳山の歴史を語るうえで重要な史跡です。(周南市指定文化財)
- 岩国・柳井・周南エリア

維新十三人墓
慶応3年(1867年)萩藩は、幕末期の馬関戦争、禁門の変において戦死した、都濃郡宰判管内出身者の奉斎のために、山添招魂社を設立した。その後、奇兵隊や戊辰戦争の戦死者が合祀されるなど、明治維新前後に国事に殉じた若者13人が祀られている。
- 岩国・柳井・周南エリア

野村望東尼終焉の宅跡及び墓
幕末の混乱した時代に、勤王歌人として、また志士の母として慕われた野村望東尼が、歌友荒瀬ゆり子宅で他界しました。宅跡は三田尻本町に、墓は桑山にあります。
- 山口・防府エリア

大野毛利家墓所(秀巌寺)
大野毛利初代「就頼」の生母や正室が眠る
大野毛利初代就頼(なりより)の生母と正室ならびに正室の生母のお墓があり菩提寺として伝わっています。門をくぐった左手側にお墓があります。就頼は平生湾の開作を願いでて許可されました。海水を堰き止め、広大な140ヘクタールの干拓地を造るようになりました。
- 岩国・柳井・周南エリア

虚無僧墓

井上馨の墓
長州ファイブの1人 井上馨
井上は長州藩士井上家の次男として天保6年(1835)に湯田で生まれ、大正4年(1915)東京で亡くなりました。のちに分霊が洞春寺に祀られました。洞春寺は、永亀3年(1572)の春に毛利元就の菩提寺として、安芸国吉田の城内に創建され、幕末の頃に萩から現在…
- 山口・防府エリア

大内義隆供養塔
室町時代の守護大名大内義隆が長門市大寧寺で自害、側室の子息が忍び逃れ、御舟子の養雲院の住職となり、義隆卿、正室、側室を供養するため建立した石塔が三基あります。
- 萩・長門エリア

亀井家墓所








