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仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)

【全体概要】毛利家ゆかりの寺で、文殊堂に木造文殊菩薩騎獅像が安置されています。像は、県の文化財に指定されており、ヒノキ材の寄木造りで、像高は94cm、下方の獅子座などすべてを加えた高さは198.5cmです。

  • 萩・長門エリア
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仏光寺(木造文殊菩薩騎獅像)

舞「男なら」

【全体概要】幕末に、長州藩の武士は海防のため下関に総出していたため、萩の老若婦女子が菊ケ浜に台場を築いきました。その時に士気を鼓舞するため歌ったのが民謡「男なら」で、その民謡を舞踊にしたものです。

  • 萩・長門エリア
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舞「男なら」

熊谷氏邸庭園

熊谷家は、問屋と金融、仲買、製塩を業とし、萩藩御用達として栄えた豪商で、住宅は、明和5年(1768)に新築したものといわれ、美術館として一般に公開されています。庭園には、樹齢600年のソテツや200年の松灯龍などあります。

  • 萩・長門エリア
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熊谷氏邸庭園

吉田稔麿誕生地

【全体概要】稔麿(栄太郎)は、少年期には宝ほう蔵ぞう院いん流りゅう槍そう術じゅつを学び、安政3年(1856)松本村から最初の塾生として松下村塾に入塾しました。学問にすぐれ「松下村塾四天王」の一人と称され、松陰から最も期待された一人でした。元治元年(1864…

  • 萩・長門エリア
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吉田稔麿誕生地

大内義隆供養塔

室町時代の守護大名大内義隆が長門市大寧寺で自害、側室の子息が忍び逃れ、御舟子の養雲院の住職となり、義隆卿、正室、側室を供養するため建立した石塔が三基あります。

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大内義隆供養塔

唐樋札場跡(萩往還)

萩市の中心部、唐樋(からひ)町に位置する「札場跡」。藩府・萩と防府三田尻を結ぶ、萩往還の起点となる場所です。周防・長門両国の一里塚の基点とされました。また、幕府や藩からの「御触」(法令や規則など)が掲げられた高札も立っていました。

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唐樋札場跡(萩往還)

落合の石橋

長さ2.4m、幅1.7m。石組みの川岸から川に張り出させた大きな石を橋げたにして、上に板状の石を載せた県内特有の工法で、江戸後期のものと思われます。萩往還の途上にあります。

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落合の石橋

明倫館遺構南門

この門は、嘉永2年(1849)江向に新築された新明倫館の正門として建てられたもので、明倫館全体からみて南にあたるので南門と名付けられたが、通称表御門と呼ばれていました。門は切妻造り本瓦葺きで桁行3.94m、梁間3.15mの一間一戸の四脚門で、左右に袖があり、潜…

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明倫館遺構南門

熊谷家住宅

【全体概要】1754年(宝暦4)以来、萩藩の御用達として栄えてきた豪商熊谷家の住宅建築です。現在の住宅は、熊谷五郎右衛門が分家して1768年に新築したものと伝えられ、広大な屋敷地に主家のほか、離れ座敷、土蔵など十数棟が建ち並んでいます。

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熊谷家住宅

田万川

  • 萩・長門エリア
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田万川

旧小林家住宅(萩往還おもてなし茶屋)

佐々並市地区のまち歩きの拠点

旧小林家住宅は、江戸時代「目代所」があった場所に明治40年に隣地から移築された主屋と、大正期に建てられた土蔵、昭和10年代に増築された離れからなります。かつては旅館を営んでいたことから、主屋の一階の主座敷に加え、二階には萩往還を望む表座敷、佐々並川や周…

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旧小林家住宅(萩往還おもてなし茶屋)

笠山ジオガイドツアー

萩市笠山の麓、虎ヶ崎・椿群生林を舞台に、ガイドと一緒に地球目線で、大地の成り立ちと、自然を楽しむツアーです。●集合場所:萩市笠山椿群生林(椿の館前、10分前に集合)●申込:7日前までに萩ジオパーク推進協議会事務局(萩市ジオパーク推進課内)へ電話(0838-21…

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笠山ジオガイドツアー

伊藤博文別邸

伊藤博文が明治40年(1907)に東京府下荏原郡大井村(現:東京都品川区)に建てた建物の一部を、萩市が無償譲渡を受けて伊藤博文旧宅側に移築したものです。

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伊藤博文別邸

前原一誠旧宅

【全体概要】藩士佐世家に生まれ、父の出役の関係で幼少期を厚狭郡船木(山陽小野田市)で過ごした。24歳の安政4年(1857)萩に帰り、松下村塾に入門。その後、洋学の修得に励むが、文久2年(1862)脱藩上京し、長井雅楽の暗殺を図るなど尊王攘夷運動に参加する。文久…

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前原一誠旧宅

須佐ホルンフェルス周辺つわぶき

荒波の側で一面につわぶきの花が咲く

ホルンフェルス周辺には、たくさんのつわぶきが自生しています。10月中旬から11月にかけて、黄色い花が一面に咲きます。

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須佐ホルンフェルス周辺つわぶき

平安橋

平安古総門前の外堀にかけられている石橋ではじめ木橋であったが、明和年間(1764~72)に石橋にかけ換えられたと思われます。市指定文化財。

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平安橋

指月山/ミカドアゲハ

【全体概要】ミカドアゲハは南方系の昆虫でインド、セイロン、中国、フィリピンから日本にかけて分布し、日本はその北限にあたります。指月山中のオガタマノキを食性としており、日本海側の北限となっています。

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指月山/ミカドアゲハ

田万川の柱状節理と水中自破砕溶岩

【全体概要】旧田万川町の南部、上小川東分の農道脇にあり、約33万年前に噴出した黒っぽい火山岩の玄武岩が、礫(れき)層と砂層をおおっています。この玄武岩は田万川本流と原中川にはさまれた標高100~110mの平坦な溶岩台地をつくり、ほぼ南北に細長く連なっており…

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田万川の柱状節理と水中自破砕溶岩

田中義一別邸

明治期には、夏みかん栽培を奨励した小幡高政がここに住み、大正期に田中義一の所有となり、母屋などの増改築が行われ、現在の建物となりました。邸内には肖像画をはじめ大将服などが義一ゆかりの物があり、一般公開されています。隣接して“かんきつ公園”…

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田中義一別邸

常念寺表門

【全体概要】常念寺の境内にある表門は、ひかえ柱をもった桁行3.66m、梁間3.12mの四脚門で、切妻造り本瓦葺きで、両袖にくぐり戸がついています。寺伝によれば、この門は、もと京都聚楽第にあった裏門とされ、これを豊臣秀吉から毛利輝元がもらい受けて伏見の自邸に…

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常念寺表門
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