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志都岐山神社
【全体概要】萩城跡の中央高台に、本殿・幣殿・拝殿などがたっています。また、この神社のミドリヨシノは、県の天然記念物に指定されています。2015年7月に世界遺産に登録された萩城下町の城跡内にあります。
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吉田松陰東送の碑
【全体概要】安政6年(1859)5月25日午前9時ごろ、江戸幕府により東送を命ぜられた吉田松陰は、唐丸籠に乗り、食事ができる程度にゆるく手を縛られ、小雨の中萩を後にしました。途中、小休止をとった萩往還沿いの夏木原で、日本の現状を憂い、行く末を案じて詠んだ詩が…
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淵ケ平の滝
【全体概要】佐々並川の支流長瀬川から宮の川に至る山崖の渓谷。新緑・紅葉の映える景勝地です。この滝の滝つぼは雨乞い淵と呼ばれ、村里が干ばつになったとき、この滝つぼの水を汲み出し、わらを焚いて天に祈願していたといいます。現在周囲に遊歩道が整備され、気軽…
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高山(磁石石)
【全体概要】標高532.8mの頂上付近には、石英はん粉岩があり、強力な磁性を有しています。古くから磁石石として名高く、磁針の方向を変えさせることで知られており、国の天然記念物に指定されています。全国でも珍しいものです。
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八坂神社
奈良時代、吉備真備が遣唐使として当時の中国にあるとき、スサノオノミコトが自分を守るのを感じ、天平5年(733)日本に帰る際にこの地に祀ったのが始まりといわれています。また、大内氏の信仰が厚かった古社で、大内氏が寄贈したと伝えられる5面の能面や、捕鯨の…
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阿武川
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萩焼古窯跡群
【全体概要】江戸時代初期、萩藩主である毛利家は、文禄・慶長の役(1592~98)で連れ帰った朝鮮人陶工に命じて松本村中の倉(現萩市椿東)に御用窯を開きました。御用窯はそののち大津郡深川村三ノ瀬(そうのせ・現長門市湯本)にも分かれたため、それぞれの窯品を「松…
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明倫館遺構聖賢堂
聖賢堂は藩校明倫館の聖廟前、観徳門の左右にあった東塾・西塾の遺構である。 明倫館廃校の後、両塾を合わせて1棟とし、市内東田町の阿呼社境内に移築されていたが、大正7年(1918)に再び元の地の明倫館跡へ移された。 建物は切妻造り、起こり屋根桟瓦葺き…
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明倫館遺構万歳橋
万歳橋は、萩城本丸跡にある指月公園内の志都岐山神社前の庭池に架かる石橋です。もともとは藩校明倫館にあったもので、明倫館には、多くの藩校と同じように聖廟の前に泮水を巡らしてその中央に石橋が架けてありました。その遺構を移築したものです。橋は花崗岩で造ら…
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萩市山田地区/ほたる

塚穴古墳

悴坂一里塚

田万川の柱状節理と水中自破砕溶岩
【全体概要】旧田万川町の南部、上小川東分の農道脇にあり、約33万年前に噴出した黒っぽい火山岩の玄武岩が、礫(れき)層と砂層をおおっています。この玄武岩は田万川本流と原中川にはさまれた標高100~110mの平坦な溶岩台地をつくり、ほぼ南北に細長く連なっており…
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小川家長屋門
【全体概要】小川家はもと町奉行の一人で500石を領した中級武士。安政の初期, またはそれ以前の建築といわれ、扉の金具、出格子の細部など優れたもので、当時の武士の生活様式を知ることができます。
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辻山のシダレザクラ
このシダレザクラは、旧むつみ村の北部、阿武町境に近い高佐上辻山のスギ林の中にあり、現在は山林となっていますが、もとは矢島家の旧宅があった場所です。エドヒガンという品種のシダレザクラ(別名イトザクラ)で、樹高15.8m、目通り幹囲226cm、根廻り約320㎝、樹…
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君が代踊り
君が代踊りは男性用の振り付けを女性が躍るという特徴があり、真木地区の女性11人が衣装に身を包み、太鼓、鉦、踊りに分かれて奉納を行います。かつて11月18日に真木まつりを行っていたことから、現在ではその直前の日曜日に、毎年大歳神社で奉納されています。君が…
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三隅の腰輪踊

須佐唐津古窯跡群
【全体概要】須佐唐津古窯跡群は、須佐湾から南東へ約3.8㎞入った犬鳴山の北麓にあり、古くから須佐唐津窯とよばれる三基の登窯(のぼりがま=斜面につくって効率よく熱が行き渡るようにしたもの)と、これに付随する地域からなります。窯が築かれた年代は不明である…
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菊ケ浜土塁(女台場)

長井雅楽旧宅跡








