県無形文化財保持者・米本太郎氏が案内!山口市で本物の狂言を観賞&体験![PR]

山口県では、2026年10月~12月の山口デスティネーションキャンペーン期間中、県内に残る稀少な文化財を活用した特別体験を実施しています。

本特集では、山口市・野田神社能楽堂で体験できる、県指定無形文化財「鷺流狂言(さぎりゅうきょうげん)」をご紹介します。

体験ツアーの案内役は、県無形文化財保持者の米本太郎氏。解説を聞いてから演目を観賞できるため、初心者の方でも安心して楽しめます。

また、バックヤードツアー所作体験装束体験など、この期間だけの特別な内容も充実。歴史・伝統芸能が好きな方はもちろん、山口県ならではの体験を探している方にもおすすめです。

取材協力:米本太郎氏、山口県文化財専門員・林氏

県無形文化財保持者・米本太郎氏が案内!山口市で本物の狂言を観賞&体験![PR]

「山口鷺流狂言体験」とは?

Q:狂言・能・歌舞伎の違いとは? 

山口鷺流(さぎりゅう)狂言について説明する前に、日本の伝統芸能である狂言・能・歌舞伎の違いを簡単に整理しておきます。

狂言(きょうげん)

室町時代(14世紀)に生まれた日本で最も古い喜劇のひとつ。日常のやり取りや人間の滑稽さを、わかりやすくユーモラスに表現します。 


能(のう)

室町時代(14世紀)に大成した芸能で、面や装束を着け、悲しみ・怒り・懐旧・恋慕など、人の深い感情を象徴的に描きます。

※「能楽」は、能・狂言を含む総称です。


歌舞伎(かぶき)

江戸時代初期(17世紀)に出雲阿国が披露した「かぶき踊り」が始まりと言われています。音楽・舞踊・演技の三要素を組み合わせ、派手な衣装や化粧、舞台装置を使った大衆娯楽として発展。勧善懲悪や親子・恋人・主従の情などが描かれます。



Q:山口鷺流狂言とは? 

江戸時代、能・狂言は「武家の正式な儀式で使う芸能(式楽)」として扱われ、 幕府や各藩が多くの能役者・狂言役者を抱えていました。

狂言にはもともと、大蔵(おおくら)・鷺(さぎ)・和泉(いずみ)の3流派がありました。その中で、鷺流の祖と言われる鷺仁右衛門宗玄(さぎにえもんそうげん)は徳川家康に特に気に入られ、 慶長19年(1614年)に、能の中心である観世座(かんせざ:能楽の流派の一つで、現在の観世流)の専属狂言方に任命されます。この出来事をきっかけに、 鷺流は大蔵流と共に幕府直属の有力な流派として大変栄えました。


明治維新で武家社会が終わり、幕府の庇護が無くなると、鷺流は次第に衰退していくことになります。そして鷺流は宗家(一門・一族の中心となる家柄や、その家系の当主のこと)が途絶えてしまい、継ぐ人がおらず流派としては廃絶してしまいました。


しかし明治19年(1886年)、元長州藩お抱え狂言方・春日(しゅんにち)庄作が、野田神社上棟式で神事能に招かれ、狂言を奉納したことをきっかけに、山口へ移住。素人衆に狂言を教えるようになり、山口の地で鷺流が受け継がれることになりました。そして市民の手によって、奇跡的に現在まで「山口鷺流狂言」が受け継がれてきました。

Q:山口鷺流狂言保存会とは?

山口鷺流狂言保存会は、昭和29年(1954年)に結成されました。 歴史ある鷺流狂言の伝承者を育て、同好者を広く募り、後世へと受け継いでいくことを目的としています。

昭和42年(1967年)には、その芸術性が高く評価され、鷺流狂言は山口県指定無形文化財に。さらに平成9年(1997年)には国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の文化財」に選ばれています。


鷺流狂言は、春日(しゅんにち)庄作が数十人もの直弟子を育てたことで大きく広まり、庶民の間にも広く浸透しました。山口では誰もが謡(うたい※能楽の中でうたわれる声楽部分)を知っていると言われ、むしろ下手に謡うと恥をかくと言われるほどだったそうです。その隆盛ぶりから、かつては「山口で謡を歌うな」とまで言われていたと伝えられています。

野田神社&能楽堂の凄さに迫る!

Q:野田神社とは?

幕末の長州藩を率いた長州藩第13代藩主・毛利敬親(たかちか)を祭神とし、その子・元徳(もとのり)を配祀神とする神社です。大正4年には、別格官弊社(べっかくかんぺいしゃ)に指定されました。

(※別格官弊社とは、明治政府が定めた近代社格制度における神社の社格の一つ。国家に功績を挙げた忠臣や、国家のために殉じた兵士を祭神として祀る神社のために創設されました。)

毛利敬親は、家臣の意見をよく取り入れ、明治維新に大きく貢献した人物で、「維新の陰の功労者」とも呼ばれています。


すぐ隣には豊栄(とよさか)神社があり、こちらには戦国時代屈指の名将であり、毛利氏を中国地方の大大名へと押し上げた毛利元就(もとなり)が祀られています。


明治維新に大きな影響を与えた毛利敬親と、毛利家の礎を築いた毛利元就を、隣り合う神社で参拝できるのは山口ならでは。そして、この歴史深い境内に建つのが、今回の体験の舞台となる野田神社能楽堂です。

Q:野田神社能楽堂とは? 

野田神社能楽堂は、昭和11年(1936年)に旧長州藩主の毛利家が明治維新70周年を記念して、長州藩主末裔の毛利元昭(もとあきら・元徳の長男)が野田神社に新築寄付(建築・奉納)した能楽堂です。

能楽堂とは、能・狂言を上演するための専門の舞台のことで、独特の構造や演出によって、演目の魅力を最大限味わえるよう工夫されています。


その後、平成3年(1991年)3月に移設・修復が決定し、同年7月に現在の場所へ移されました。これにより「山口薪能(※たきぎのう:野外に設けられた舞台で演じる能楽の一種)」が再び上演されるようになりました。

現在まで約90年にわたり大切に保存され、薪能の舞台として親しまれてきたことを思うと、その歴史の重みと貴重さに改めて驚かされます。

Q:野田神社能楽堂は何がすごい?  

全国的に見ても能楽堂の数は少なく、西日本では10棟に満たないと言われています。その中でも野田神社能楽堂は、規模、質ともに一流と高く評価されています。

公演がない時には舞台が雨戸で閉じられており、雨ざらしにならない構造になっています。そのため、舞台正面の松が描かれた壁(鏡板)や床などは、老朽化を最小限に抑えられているそうです。

さらに舞台を使用する際には、床や手すりなどを綺麗に掃除されており、長い年月をかけて大切に使用されてきたことがよく伝わってきます。

山口鷺流狂言保存会って何?米本太郎氏とは?

そんな貴重な能楽堂で体験できるのが、「山口鷺流狂言体験ツアー」。今回こちらのツアーを案内いただくのは山口鷺流狂言保存会の米本太郎氏。

では、米本氏とはどんな方なのでしょうか?

Q:米本太郎氏とは?

米本太郎氏

米本太郎氏は、父・文明氏やお姉さんが山口鷺流狂言に参加されていたことから、幼いころから狂言や舞台が身近な存在でした。3歳で保存会に入会し、7歳で初舞台を経験し、芸歴はすでに40年以上に及びます。2025年3月には、山口県指定無形文化財「鷺流狂言」の保持者として認定されました。

父・文明氏からの”親子継承”というイメージを持たれがちですが、実際には同じく鷺流狂言の保持者であり師匠でもある小林氏や安藤氏から多くを学び、狂言に関しては”兄弟弟子”のような関係なのだそうです。

稽古中には、父・文明氏と役者同士としてぶつかり合うこともあるのだとか。


米本氏の芸は、山口鷺流狂言の独自性を守りながら、笑いのツボを押さえた芸で、円熟味のある表現が魅力。古典芸能でありながら、現代の観客にも理解しやすく楽しめる表現力が高く評価されています。

国宝が“日本の宝”なら、山口県指定無形文化財は“山口の宝”。 何百年も続く職人の技や地域に根付いた芸能など、山口県が未来へ残したいと選んだ無形の文化。その継承を担う重要な人物の一人が米本太郎氏です。

Column

子ども達も楽しめる♪

米本氏は学校での公演や出前授業、狂言まんが、WEBサイトでの動画公開など、狂言の魅力を次世代へ伝える活動に力を入れています。 

しかし保存会の会員は20人(令和8年4月1日時点)、そのうち伝習者(役者)は12人と少なく、 鷺流狂言の保持者は米本太郎氏と父・文明氏の2名のみです。

そのため保存会では、毎秋の定期公演や小・中学生向けの教室、山口市の山口ふるさと伝承総合センターでの毎週の伝習会など幅広い活動を続けています。

山口鷺流狂言体験ツアー体験レポート

  • 雨の日はテントで鑑賞

ここからは、体験ツアーの内容についてご紹介します。

今回は演目の解説⇒鑑賞⇒所作体験(舞台上・鏡の間など)⇒バックヤードツアー(舞台の地下)の流れでご紹介します。

(※当日の流れは、参加人数や客層によって異なります。)


【集合場所】野田神社前 ※野田神社の鳥居の右側に進むと能楽堂があります。

【駐車場】あり(大型バス可)※要予約のため、お問い合わせください。

【鑑賞場所】野田神社能楽堂

解説を聞いてから演目を観賞

  • 解説の様子(雨の日はテントで鑑賞)
  • 鑑賞

演目を見る前に

演目のあらすじや初心者でも楽しめる鑑賞のポイントを、演目の前に米本氏から丁寧に解説していただきます。

内容や見どころを知ってから鑑賞することで、少し難しい言葉が出てきても、想像しながら楽しむことができ、狂言の面白さがぐっと身近に感じられます。


演目の鑑賞について

野田神社能楽堂という格式ある舞台で、昔の人々も親しんだ”本物の狂言”を目の前で観るという貴重な体験。つい背筋が伸びて緊張してしまいがちですが、実はそんなに構える必要はありません。

狂言は、日常のやり取りや人間の滑稽さを、わかりやすくユーモラスに表現した喜劇。今も昔も変わらない「おもしろい」という感覚は、年齢を問わず誰もが楽しめます。肩の力を抜いて、自然体で笑いながら鑑賞するのがおすすめの楽しみ方です。



この日は、小学校の教科書にも掲載されている「柿山伏(かきやまぶし)」を鑑賞しました。舞台と客席の距離が近く、狂言ならではの張りのある声や緩急のある動きが、会場全体に生き生きと伝わってきます。

初めて狂言に触れるという参加者がほとんどでしたが、会場からは時折クスッと笑い声が上がり、会場がふっと和む瞬間が何度もありました。 


ちなみに演目は約200種類の中から、観客の年齢層や雰囲気に合わせて選ばれる予定です。どの演目に出会えるかは、当日のお楽しみです。

能楽堂の舞台について

舞台について

舞台は、「本舞台」「橋掛り」「地謡座」「後座」の4つの部分で構成されています。 

演能の中心となる「本舞台」は、約6メートル四方の広さがあり、一般に「舞台」とも呼ばれます。四隅には柱が立ち、その柱が屋根を支えています。 

所作体験の際には、普段は立ち入ることの出来ない能楽堂の舞台上に、実際に上がって体験を行うことが出来ます。



本舞台へと続く「橋掛り(はしがかり)」は、鏡の間と本舞台をつなぐ渡り廊下のような部分で、単に演者が出入りする通路というだけではなく、現実世界(この世)と霊界(あの世)をつなぐ路(みち)を表していたりと、演出上でも大切な場所です。

この鏡の間では、「おまく」という声かけの体験を行います。詳しくは後ほどご紹介します。



橋掛りの脇には「一ノ松・二ノ松・三ノ松」という3本の松が植えられています。

舞台に近い順に一ノ松・二ノ松・三ノ松と呼ばれ、一ノ松が一番木の背が高く、舞台から遠ざかるにつれて低くなるよう配置されています。 この高さの変化や斜めに配置された橋掛りによって、観客に遠近感を与え、舞台の奥行きを感じさせる効果があるそうです。ぜひ注目してみてください。

舞台裏・舞台上で、基本動作や発声を体験!

所作体験では、舞台上や鏡の間、橋掛りなど、役者が実際に使う舞台裏を見学します。さらに普段は役者の方々しか入ることの出来ない場所で、①幕を上げる際の声かけ「おまく」②歩き方③発声を実際に体験出来ます。

所作体験は大人はもちろんのこと子ども達も楽しむことができ、客席から鑑賞するだけでは知ることの出来ない、狂言の奥深さ・演じる楽しさに触れることが出来ます。

  • 鏡の間
  • 幕が揚がる前
  • 橋掛りへ進みます
  • 橋掛り

体験①幕を上げる際の声かけ「おまく」 

役者は舞台に上がる前、橋掛りの手前にある「鏡の間」(演者たちが出番を待つ部屋)で、心と身体を整えます。大きな鏡を前に精神を集中し、お面を着け、準備が整ったら、鏡の間と橋掛りの間に垂れている5色の幕「揚幕(あげまく)」に向かって「おまく」と声をかけます。

この時の声かけ「おまく」を今回は実際に体験することが出来ます

ただ声を出すのではなく、役になりきって気持ちを込めて発声するのがポイントなのだそうです。


「おまく」の合図に合わせ、担当の方が二人がかりで長い竹の棒を使い、幕を上げます。幕の上げ方も、演目・演出によって違いがあるそうです。

幕が上がると、役者は鏡の間から橋掛りへと登場し、いよいよ本舞台へと向かいます。

公演の際には揚幕の近くの席に座っていると、「おまく」の声が聞こえてきたり、幕が揚がる様子を見ることもできるのだとか。

②基本姿勢・歩き方 

本舞台で、演じる際の構え(姿勢)・運び(歩き方)を実践してみます。姿勢を維持したまま、足を摺るようにして歩きます。構えや運びは役によって大きく異なり、それぞれに特徴があります。

簡単そうに見えて意外と難しく、美しい姿勢を保ちながら歩くのは良い運動にもなります。

③発声 

姿勢や声の出し方を教えていただき、実際に演目に出てくるセリフや、狂言ならではの笑い・泣きなどを言ってみます。

能・狂言の舞台は、もともと屋外に作られていたため、演者は観客に届くようにしっかりと声を響かせる必要がありました。現在よく見られる舞台と客席が一体となった屋内型の能楽堂は明治以降に整えられた形で、野田神社能楽堂はその前の時代の様式を受け継ぐ屋外舞台です。そのため大きな声を出すことがとても大切です。

舞台上で声を出すとよく響き、爽快感も味わえます。

舞台の地下には○○が…!

  • 本舞台の下には地下室が
  • 舞台裏の扉を開けると
  • 地下へと続く階段が

所作体験では、舞台上や鏡の間、橋掛りなど、役者が普段使う舞台裏を見学しますが、バックヤードツアーの最後には、普段は入れない“特別な場所”へ向かいます。


舞台裏の扉を開けると、地下へと続く階段が現れます。

実は能楽堂の本舞台の下には、音響効果を高める”ある仕掛け”が隠されており、このツアーではその空間に特別に入ることができます。


足元に気を付けながら慎重に階段を下りていくと、静かな地下室が広がり、そこで思いがけない光景が目に飛び込んできます。



地下の様子は、ぜひ現地で確かめてみてください。

この地下の仕掛けが、舞台上の足拍子やセリフを大きく響かせ、迫力ある音を生み出しているそうです。 

地下に人がいないときに、本舞台で足拍子を鳴らしてみてください。

山口に伝わる「鷺流狂言」をみなさんも楽しんでみませんか?

本体験について米本氏は「市指定有形文化財の舞台に上がるということはなかなか無い貴重な体験。山口の地に受け継がれてきた本物の狂言に触れられるのも、この体験ならでは。毛利家が文化を大切にしてきた歴史もあり、さまざまな積み重ねがあっての”山口だからこそ”できる体験です。」と話されていました。


鷺流は明治期に廃絶した流派。 その芸が山口で受け継がれ、今も愛されて上演されているという事実は、文化史的にも驚くべきことです。

毛利家ゆかりの神社に、長州藩主末裔によって奉納された能楽堂を、市民が大切に守り続けてきたからこそ、この”奇跡の継承”が実現しました。

長い歴史が積み重なった舞台で本物の狂言を体験する時間は、ただの”体験”ではなく歴史にそっと参加させてもらうような特別な時間。

歴史と文化が交差する特別な体験を、山口県でお楽しみください。

もっと堪能したい方に!オプショナル対応について

本ツアーではより詳しく・深く堪能したい方に向けて、オプショナル対応をご用意しています。


装束体験

実際に演目で使用される装束を着用できるレア体験。体験の記念に写真を撮影してみませんか?

※衣装は演目・人数・時間によって写真とは異なる場合があります。

山口県の希少な文化財を活用した特別体験について

2026年10~12月のDC期間中、山口県では県内の稀少な文化財を活用した、特別な体験が出来る体験コンテンツを多数ご用意しています。

この機会に、貴重な文化財の数々をぜひご体感ください。

Column

旅行会社のみなさまへ
山口DC特別企画のご紹介

今回ご紹介したガイドツアーのほかにも、DC期間中(2026年10月~12月)はさまざまな特別企画や限定コンテンツをご用意しています。

ぜひ旅行商品の造成にお役立てください。

旅行会社のみなさまへ

7分40秒頃~ ”山口鷺流狂言”体験-野田神社能楽堂-

ページトップへ