館長が案内する柏原美術館と武士文化の世界│国宝の名刀「稲葉江」特別公開も[PR]
全国でも珍しい武士文化の美術館として知られる、岩国市の「柏原美術館」。今回は、館長・柏原伸二氏によるガイドツアーに参加し、館内を巡りました。
展示品の見どころはもちろん、その背景にある武将たちの生き様や武士精神、人々の思いまでを語る柏原氏の案内に耳を傾けていると、まるで武将たちが生きた時代を旅しているよう。
さらに、2026年10月から12月の山口デスティネーションキャンペーン(DC)期間中には、国宝の名刀「稲葉江(いなばごう)」が特別公開され、間近で鑑賞することができます。
単なる美術品鑑賞にとどまらず、武士たちの価値観や時代背景に思いを馳せながら歴史を体感できる、柏原美術館ならではの魅力をご紹介します。
![館長が案内する柏原美術館と武士文化の世界│国宝の名刀「稲葉江」特別公開も[PR]](/lsc/upfile/article/0000/0316/316_1_l.jpg)
武士たちの思いを今に伝える、柏原美術館とは
錦帯橋から徒歩約10分、岩国城ロープウエー山麓駅のすぐそばに佇む柏原美術館。
ここはかつて、岩国藩主・吉川家のお膝元として、武家屋敷が立ち並んでいたエリアです。
全国でも例の少ない武士文化の美術館として知られ、主に戦国時代から幕末にかけての甲冑、刀剣、馬具などの武具をはじめ、工芸品や書画などの調度品まで、約12,000点を所蔵しています。
驚くべきは、その膨大なコレクションのすべてが、館長・柏原伸二氏とそのご両親によって長年収集されてきたものであること。
柏原美術館長・柏原伸二氏。実業家として活躍する傍ら、武士文化の魅力の継承に尽力されています。
2026年10月から12月の山口デスティネーションキャンペーン(DC)期間中には、同館が所蔵する国宝の名刀「稲葉江(いなばごう)」を特別公開。普段はなかなか目にすることのできない貴重な名刀を鑑賞できる絶好の機会です。
Column
山口デスティネーションキャンペーン(DC)とは?
地元自治体とJRグループが一体となって観光を盛り上げる国内最大級の大型観光キャンペーン。 特別コンテンツや企画で皆さまをおもてなしし、心身ともに幸福感に満たされるような「万福の旅」を国内外の観光客の皆さまにお届けします!

貴重なコレクションが並ぶ館内へ
柏原美術館は、1階に企画展ゾーン、2階に刀・甲冑・兜など武具の展示、3階に屏風や掛け軸など調度品の展示と、3つのフロアで構成されています。
約12,000点にもなる収蔵品の数々をできるだけ多く鑑賞してもらおうと、年4回の展示替えを行っているそうです。
貴重なコレクションを広く公開し、多くの人に親しんでもらおうとする姿勢からは、柏原氏の文化振興への思いや、美術品への深い愛情が感じられます。
それでは、柏原氏のガイドとともに、武将たちが生きた時代へ思いを馳せながら館内を巡ってみましょう。
貴重体験!豊臣秀吉の刀と兜に触れてみよう
さて、いよいよガイドツアーのスタートです。
1階の企画展示ゾーンに入るや否や、柏原氏が収蔵室からおもむろに何かを取り出されました。
「これは豊臣秀吉の刀と兜のレプリカです。実際に持って、被ってみてください。」
まさかの貴重な体験に、取材班も大興奮。

まずは兜を被ってみると、その重さにびっくり。思わず首が後ろに持っていかれそうになるほどの重量です。
「鉄砲玉や刀から身を守ろうと思ったら、どうしてもこれくらいの重さになるんですよ。みんな命がけで戦っていましたからね。」
と柏原氏。
「兜と甲冑をすべて装着すると、重さは20~30kgほどになります。」
さらに、兜がずれて落ちないようにするための工夫や、時代ごとの形の違いなど、思わず「へえ~!」と声が出てしまうような、昔の人の知恵もたくさん教えていただきました。
刀を見るだけで持ち主の性格や身長が分かる!?
次に、豊臣秀吉が実際に使用していたとされる刀のレプリカを使って、刀にまつわる興味深いお話も伺いました。
「当時の武士にとって、刀はいちばんの財産だったんですよ。今みたいに不動産を持っていても、焼かれたら終わりですから。だから昔の人は刀にものすごくこだわっていたんです。秀吉の刀を見てみると、とっても派手でしょう。これ以上ないくらいお金をかけている。この刀は、まさに秀吉そのものなんです。」
秀吉は、赤い茶碗を愛用したり、黄金の茶室を作ったりと、派手好きだったことでも知られています。
農民から天下人へと上り詰めた秀吉らしい価値観が刀からも垣間見れ、とても興味深く感じました。
刀のもう1つの注目ポイントは、その長さです。
「当時の人たちはみんな命をかけて戦っていたから、刀も自分の身体にきちんと合わせて作っていました。長すぎても短すぎてもダメなんです。」
そう話す柏原氏は、刀の鍔(つば)のすぐ下を握り、脇を締めて「気をつけ」の姿勢に。
「この状態で、自分のつま先から刀の切っ先までの距離が、だいたい30センチくらいがベストなんです。ちなみに、秀吉の身長は156センチほどだったと言われています。」
そこで、取材班の“身長156センチ”のスタッフが実際に刀を持ってみると…

つま先から切っ先までの距離は、まさに約30センチでした。
実際に刀を持ち、自分の身体と比べてみることで、教科書の中の歴史上の人物が、ぐっと身近に感じられる。そんな不思議な感覚を味わえる体験です。
【DC限定】徳川家康が愛蔵していたと伝わる名刀「国宝・稲葉江」
※特別に許可を得て撮影しています。(通常、稲葉江の撮影は禁止です。)
1階展示の最大の見どころは、国宝「稲葉江(いなばごう)」。2026年10月から12月に開催される「山口デスティネーションキャンペーン(DC)」期間中に特別公開される、大変貴重な名刀です。
稲葉江は、名刀工・郷義弘(江義弘/ごうよしひろ)の最高傑作とも称され、織田信長や豊臣秀吉に仕えた戦国武将・稲葉重通(いなばしげみち)が所持していたことからこの名が付けられました。のちに徳川家康にも愛蔵されたと伝えられています。
また郷義弘の刀は、現存数が少ないことで知られていますが、江戸時代当時からすでに入手困難な“幻の名刀”として、大名たちの憧れの的だったそうです。
「郷義弘が作った刀は、江戸時代の大名たちが誰もが欲しがるほど評価が高かったんです。切れやすく、折れにくい。そして、鉄の美しさが群を抜いている。」
そう語る柏原氏。
名刀を生み出した郷義弘ですが、その人生には謎も多く残されています。
「郷義弘は27歳という若さで謎の死を遂げているんです。私は暗殺だったんじゃないかと推測しています。だって、これほどの刀を作る刀工が敵方に渡ったら大変でしょう。同じように、有名な刀工・正宗(まさむね)も、いつどのように亡くなったのか、分かっていないんですよ。」
刀そのものの魅力はもちろん、柏原氏ならではの深い知識や考察も加わり、どこか歴史ロマンも感じられます。

「秀吉の刀と比べると、稲葉江は装飾も比較的シンプルでしょう。切れ味や実用性を重視した家康と、豪華絢爛な刀を好んだ秀吉。刀ひとつ取っても、2人の性格の違いがよく表れているんです。これが刀の面白いところですね。」
この他にも、刀には時代ごとの流行があったことや、もともと大きく反っていた刀が江戸時代になると直線的な形へ変化していった理由など、柏原氏のガイドだからこそ知ることができる興味深いお話をたくさん伺いました。
「刃の反りや鉄の色、帽子(刀の切っ先部分に現れる模様)の焼き方なんかを見ると、どの時代のもので、誰が作った刀なのか、ある程度分かるんです。」
そう誇らしげに語る柏原氏の表情からは、刀への深い愛情が伝わってきます。
柏原美術館の原点とも言える「織田信長の甲冑」
続いて、エレベーターに乗り、2階の武具の展示フロアへ。
兜や甲冑がずらりと並び、それらを浮かび上がらせるように照らす照明で、1階とは違う重厚な雰囲気が感じられます。
2階展示の最大の見どころは、織田信長の甲冑です。
豪華な金の家紋が施された兜や、信長の顔に合わせて作られた「頬当(ほおあて)」と呼ばれる防具など、じっくりと眺めていると、戦国武将・織田信長の存在感を肌で感じるような、どこか圧倒されるような迫力も感じます。
実は、この甲冑には、柏原美術館誕生のきっかけにもなった特別なエピソードがあります。
柏原美術館の始まりは、館長・柏原氏と、かつてこの地で「西村美術館」を運営していた西村氏との縁からでした。
当時、全国の美術館の多くが厳しい経営状況に置かれるなか、もともと関わりが深く友人でもあった西村氏から「引き継いでほしい」と相談を受けたそうです。
この時柏原氏が心を動かされたのが、西村美術館に収蔵されていた2つの品でした。ひとつは、戦国武将・武田信玄で知られる武田家ゆかりの「川中島合戦図屏風」。そしてもうひとつが、この織田信長の甲冑です。
「この2つが手に入るのがとっても嬉しくて、美術館を買うことにしたんですよ。」
と笑う柏原氏。その言葉と表情からは、美術品を“資産”ではなく、“歴史そのもの”として愛する情熱が伝わってきます。
柏原美術館の原点とも言える甲冑、ぜひ現地でその迫力を体感してみてください。
※本展示品は常設展示ではないため、時期によってはご覧いただけない場合があります。最新の展示状況は、事前に施設へご確認ください。
Column
柏原氏が最も愛する戦国武将が「織田信長」
「三段構え」と呼ばれる鉄砲戦術で知られるほか、身分にとらわれない能力主義の人材登用を行い、常備兵に近い軍制を整備するなど、従来の常識にとらわれない発想で時代を切り開いた織田信長。さらに、商人が自由に商売できる「楽市楽座」を推進し、城下町の発展にも大きな役割を果たしました。
「信長は、戦術だけじゃなく、人の使い方が天才的にうまかったんですよ。」
そう語る柏原氏。既存の枠組みに縛られず、人材の能力を見抜いて適材適所で活躍させる信長の手腕に、実業者として強く惹かれるのだそうです。

戦国時代を代表する二大名将の激突を描いた「川中島合戦図屏風」
続いて、3階の調度品展示ゾーンへ。2階の刀剣や兜、甲冑など“戦”にまつわる展示とは趣が異なり、大名が使用していた調度品や屏風、掛け軸といった美術品を鑑賞することができます。戦国武将たちの戦いだけでなく、その暮らしや文化にも触れられるフロアです。

このフロア最大の見どころが、「川中島合戦図屏風」。柏原美術館の原点となった2つの作品のうちの一つです。
川中島合戦とは、戦国時代に甲斐の戦国大名・武田信玄と、越後の戦国大名・上杉謙信が、現在の長野市周辺の川中島を舞台に繰り広げた一連の戦いの総称。
両者は、当時交通の要衝だった北信濃(現在の長野県北部)の支配権を巡って対立し、1553年から1564年にかけて計5回にわたり激突しました。どちらかが決定的な勝利を収めたわけではなく、「痛み分け」とも評される名勝負として、現在まで語り継がれています。
江戸時代になると、この戦いは多くの絵師によって描かれ、「川中島合戦図屏風」として各地に残されました。そのなかでも、柏原美術館所蔵の作品は現存する川中島合戦図屏風の中でも最大級の大きさを誇るといわれています。
実際に目の前に立つと、画面いっぱいに繰り広げられる合戦の様子に圧倒されるはず。兵たちが入り乱れる様子が細やかに描かれており、思わず見入ってしまいます。
さらに興味深いのは、この屏風では武田軍が有利に描かれている点です。
徳川家康はかつて武田信玄に敗れた過去があり、江戸時代に制作された川中島合戦図屏風の多くは、徳川家との関係などから上杉軍を有利に描いているとされています。そのなかで、武田軍を優勢に描いた柏原美術館の作品は非常に珍しく、歴史資料としても貴重な価値を持つそう。
「川中島合戦図屏風」の隣には、同じく大迫力の「武田軍陣立図屏風」が展示されています。
「布陣というのは軍の機密情報ですから、こうして絵として残されることは珍しいんですよ。」
そう語る柏原氏。さらに、戦国時代の戦の考え方について、興味深い話を聞かせてくれました。
「日本の戦は、相手の兵をたくさん倒すことよりも、相手の拠点や領地を奪うことが目的だったと考えられています。兵の多くは農民でしたから、必要以上に兵を失えば、戦の後に田畑を耕す人もいなくなってしまいます。」
柏原氏はそう説明した上で、戦国時代の戦いについて独自の見解を語ります。
「そんな背景から、『殿様が死ねば戦は終わり』という考え方が自然と生まれたんじゃないかと思うんです。だから殿様も、これ以上戦えないと判断したら、自ら責任を取る。私は、そこに武士道の精神を感じるんです。」
そして柏原氏は、武田軍陣立図屏風についても次のように解説してくれました。
「だからこれは、相手を倒すための布陣というより、武田信玄を守るための布陣なんです。」
屏風を眺めながら説明を聞いていると、単なる合戦の記録ではなく、当時の戦略や価値観までもが見えてくるようでした。
※本展示品は常設展示ではないため、時期によってはご覧いただけない場合があります。最新の展示状況は、事前に施設へご確認ください。
歴史の魅力を語り継ぐ館長・柏原氏
およそ1時間にわたる館長・柏原氏のガイド。今回の記事でご紹介したのは、そのほんの一部にすぎません。
独自の考察を交えた解説は、歴史上の出来事や人物をただ知るだけでなく、新たな視点から日本史の面白さに触れさせてくれるものでした。
取材を通じて印象的だったのは、柏原氏が単なる収集家ではないということです。
柏原氏によると、美術館に収蔵されている作品の中には、自ら探し求めて手に入れたものだけでなく、人との縁の中で「ぜひ柏原さんに託したい」と持ち込まれたものも少なくないのだとか。
まるで作品そのものが行き先を選び、柏原美術館へと集まってきたかのようです。
それは、作品そのものの価値だけでなく、その背景にある歴史や物語を大切にしてきた柏原氏の姿勢が、多くの人に伝わっているからなのかもしれません。
解説の中で何度も登場した「命がけ」という言葉も印象的でした。

歴史上の出来事を語る柏原氏の話からは、武将たちの強さや華やかさだけでなく、その時代を生きた人々への関心や敬意が感じられます。
展示品を見ているだけでは気付けない歴史の面白さを教えてくれること。それこそが、柏原氏のガイドの大きな魅力のひとつです。
柏原氏の話に耳を傾けながら鑑賞すると、歴史上の人物たちがぐっと身近な存在に感じられるはずです。
Column
展示の奥深さに触れる館長メッセージ
ガイドなしでも柏原氏ならではの視点に触れながら鑑賞できるよう、展示品の随所には「館長より」と題したコメントが添えられています。 歴史解説だけでなく、柏原氏自身の視点や思いが綴られており、「なるほど、そんな見方があったのか」と新たな発見につながります。
コメントを手がかりに、当時の人々に思いを馳せたり、その時代を生きた人々の気持ちを想像したりしながら鑑賞すると、歴史の奥深い魅力に気付けるかもしれません。

館長ガイドツアーの詳細はこちら
今回ご紹介した館長・柏原伸二氏による約60分のガイドツアーは、山口デスティネーションキャンペーン(DC)期間中以外も通年で体験することができます。
展示品の解説にとどまらず、その背景にある武将たちの生き様や、当時を生きた人々の思いに触れられるのが、このツアーの魅力。
歴史に詳しい方はもちろん、「歴史は少し難しそう」と感じている方にもおすすめしたいツアーです。ぜひ柏原美術館で、武将たちが生きた時代に思いを馳せるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
※定期的な展示の入れ替えを行っています。目当ての展示品がある場合は、事前のお問い合わせがおすすめです。
↓料金・予約方法などの詳細はこちら↓
柏原美術館とあわせて行きたい、岩国の歴史がもっと面白くなるガイドツアー
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